西薩摩遠征 絶対崩落シラス城 その2
令和5年 1月7日〜9日
清色城の堀
2023年1月8日
ホテルの朝食バイキング。なるべく塩分を、と色々取っていたら高たんぱくな食事になってしまう。
午前7時出発。南郷には7時半に到着。光量はギリギリ。
2日目の行程(国土地理院地図を基に作成)
南郷城
左:高城と根子城の間の堀、右:高城(本丸)
左:高城の虎口、右:高城の土塁
左:高城北下の木戸と土塁、右:東の城の登り口
左:東の城の登り口脇の虎口?、右:東の城の西下の段
左:東の城の東上の段、右:東の城の北東縁の土塁
左:北東縁の土塁、右:根子城の北下の横堀
左:根子城の中央の堀、右:根子城の西側の郭
左:根子城の西側の郭の土塁?、右:根子城の東側の郭
左:野頸城の南西下の堀底道、右:野頸城
縄張図(駐車場の看板より)
整備の状態はそれほど良くはなかったが、満足度の高い城だった。典型的なシラス城だが、ここの堀は深く、斜面も急で、いつ崩れるかわからない崖道もあった。また郭周辺の造作も面白い箇所が多かった。
一宇治城
左:神明城(本丸)と五層の天守閣(嘘)、右:神明城の南の段差
左:神明城の南西下の伊作城、右:同左
左:南下、右:蔵跡
左:蔵跡から南西を、右:蔵跡と中之城の間の堀
左:堀底にある井戸跡、右:中之城
左:中之城と釣瓶城の間の堀、右:釣瓶城
左:釣瓶城の土塁、右:南之城
左:南之城の土塁、右:南之城の中央にある虎口というか崩落
左:南之城から中之城方向を、右:南之城の北の堀
ハローワーク脇の道は狭いので、南から大回りした方が良い。
全体が公園として整備されているので、郭へのアクセスは大丈夫…かと思ったら、3分の1くらいの範囲が工事で立ち入り禁止になっていた。そして公園化の弊害で郭の形状がわかりづらい。主郭に五層の天守というか展望台が建っているのだけど、鉄骨に木製床という組み合わせで、既に木製床が大分痛んでいた。
シラス城だけど、上下のメリハリはそれほどでもない。ただ郭の縁はあちこちで崩落しつつあった。これだけ整備されていても崩落は防げないらしい。
川田城
左:堀底道を東から、右:同左壁面に地下壕
左:堀底道を西から、右:そのまま西へと続く堀
左:中央の郭の間から南を、右:中央東側の郭
左:中央西側の郭、右:中央東側の郭の脇の石垣
左:北の郭の西側、右:北の郭の東側
右:国土地理院地形図に色別標高図を載せたもの
事前に情報がほとんど無いまま突入したのだけど、なかなかに良い城だった。 畑になっている3つの郭にしか入れないが、堀が深くなっている箇所もある。中央東側の郭の下に石垣があったが、当時のものではなさそう。
入来の町に入るが、昼飯を食べられる場所が見つからない。手前の郡山の町にジョイフルがあったのだけど、さすがにジョイフルはなぁ…と行き過ごしてしまったらこの様に。
どうにか小さな飯屋をみつけるが、駐車場が狭いのに軽トラが斜め駐車していて停められない。仕方がないので観光駐車場に車を停めて歩いて食べに行く。
石原商店という、老夫婦でやっている8席だけの小さな店。客は地元の人ばかりだった。時間が無かったのでちゃんぽんを注文。牛肉が入っているちゃんぽんは初めてだった。常に牛肉を使っているというのではなく、食品小売りも併設していたので、そこでの余り物なのではないかと思われる。普通に美味しいちゃんぽんだった(誉め言葉)。
清色城
左:物見之段、右:物見之段西上の支柱基礎とその先の平坦地
左:求聞持城、右:求聞持城南下の横堀
左:求聞持城と中之城の間の堀、右:中之城北下の横堀
左:中之城、右:中之城から本丸を
左:本丸西縁の土塁、右:本丸
左:本丸西下の堀、右:松尾城
左:本丸北西面、右:本丸北西下の堀
左:本丸北西下の堀を南西から、右:同左を北東から
左:本丸北東下の横堀、右:本丸北西下の堀
左:北東麓の平坦地、右:
遊歩道が整備されていた…のだが、恐らくは整備後に地主ともめたのか、「私有地のため立ち入り禁止」となっている箇所が幾つかあった。主郭西の堀は深く狭く、なかなかの見所だった。
物見之段の西上に、4本の丸太を建てていたと思われる基礎跡がある。柱穴は直径30p、1.8m間隔。玉砂利が使われており、昭和20年代頃までに作られたもののようである。入来にあった警戒機乙要地型の送信アンテナの基礎か?と色めき立ったが、主方向である南西方向には求聞持城が邪魔になるため、別のものかもしれない。
山崎城
城郭放浪記
の記事に従って北麓にとりついたが、藪がひどいうえに段差が急で、あきらめて撤退
西牟田城
左:左上が西牟田城…の筈、右:公園
城郭放浪記
にあるように農業公園に車を置いて、橋を渡るものの、そこから先、道が見つからない。直登するにしても藪もひどく、諦めて撤退。
大村古城
左:登り口、右:天然の壁
左:堀底道、右:同左
左:上水道配水池、右:藪
左:堀底道、右:堀底道
少し迷ったものの、小学校のプールの西側に登り口を発見。上水道のタンクまで深い堀底道を登るものの、配水池から先の道を見い出せず。荒れた竹藪で、突入する気力は無く撤退。
手前の堀底道を見る限り、立派なシラス城。
虎居城
左:宮之城中学校、右:分水路で削られた箇所
左:郭跡?、右:郭跡?
分水路の建設で山の真ん中がごっそりと削られてしまっていたので学校側だけ見て回る。辛うじて郭や土塁らしきものを見つけるが、城郭のものかどうかは不明。
轟原城・
長岡城・
椿城
左:轟原城の残余部?、右:長岡城の碑のある郭
左:長岡城の碑、右:椿城?
轟原城は病院建設でほぼ壊滅。西端に山が少し残っているが、矢竹が密生していて入る気になれず。
長岡城は北西端の石碑のある郭にはどうにか入れたが、そこから先は竹藪。
椿城は私有地が多く、近くに寄せることもできなかった。
梅ケ君城
左:登り口、右:平坦地
左:東側の土塁?、右:南側の土塁
今夜の宿泊地であるえびの市に向かう途中、行きかけの駄賃で立ち寄る。単郭。一応シラス城らしいのだけど、そういう感じはあまりしない。
えびの市のホテルで一泊。ホテル横のファミレスで夕食のはずが、店のキャパシティが低く待ち時間がかかりそうだったので、急遽スーパー飯に切り替え。しかし突入時、閉店30分前だったのでまともな惣菜が残っておらず、セブンイレブンにも立ち寄り惣菜を調達する羽目になる。2人別々に部屋飯。
恐らく中国人目当てなのだろうか、シングルの部屋に二段ベッドが入っているホテルで、家族連れが大勢泊まっていたのだけど、こいつらが揃いも揃ってうるさい。糞ガキは走り回り、親も廊下で喋る喋る。12時までうるさくて寝付けなかった。おまけに狭い部屋に二段ベッドなので頭を3回もぶつけた。本当に散々な夜だった。
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