ワリ・ダード…(アンドルー・ラング編「ちゃいろの童話集」より「心やさしいワリ・ダード」(西村醇子監修・東京創元社))  



「ああ、これであのみごとな馬をくださった親切な王子さまにお返しができる。だが、おまえさんにはお金をたくさん使わせてしまった。もしおまえさんが、ラバ6頭 とその分の銀貨を受け取ってくれ、残りのラバを積み荷ごと、そのままネカバードへ連れていってくれたら、たいへんありがたいのだが。」



「心やさしいワリ・ダード」のあらすじ

 ワリ・ダードは馬のえさにする草を刈って売っている貧しい老人で、泥壁の家に住んでいる。貧しいながらつつましい暮らしをしているうちに、大金が貯まっているこ とに気がついた。しかし、自分にはこんな大金はいらないと思う。

 そのお金で金の腕輪を買ったワリ・ダードは、金持ちの友人である商人に、いちばんやさしくて心の清らかな人は誰か、ときく。商人が、それならカイスターンの王女 だろうと言ったので、ワリ・ダードは商人に頼んで、金の腕輪を王女に贈る。お金よりも心の清らかさの方が尊いから、という気持ちだった。

 王女は贈り物のお礼に、商人を通じて絹織物をワリ・ダードに贈る。ワリ・ダードはびっくりして、商人に、この贈り物にふさわしい立派な人を知らないかときく。商 人は、それはネカバードの王子だろうという。ワリ・ダードは再び商人を通じて、王子に、祝福のしるしとして王女からもらった絹織物を贈る。

 王子はそのお礼に立派な馬をワリ・ダードに贈り、ワリ・ダードはその贈り物は自分にふさわしくないとカイスターンの王女に贈る。このようにして、王女も王子もワ リ・ダードを知らないまま、贈り物のお返しが続き、しかもだんだん豪華になっていく。

 王女の父の王様は、ワリ・ダードは王女と結婚したいのではないか、これほど思ってくれるのだから結婚してもよいのではないかと言う。王女も同意し、商人に案内さ せてワリ・ダードを訪ねることにする。

 商人は王様と王女をワリ・ダードの泥壁の小屋に案内したらどうなるかと困り果て、悩むが逃げることもできない。一行はワリ・ダードの小屋の近くで野営をする。商人 から話を聞いたワリ・ダードは、自分の愚かさから王女の名誉を傷つけてしまったと思い、打ちひしがれて泣く。恥ずかしさと苦しさで、高い崖の上から飛び降りて死のう と思うが、怖くて死ぬことができない。

 嘆くワリ・ダードのところに二人のペリ(妖精)が現れて、訳をたずねる。妖精たちはワリ・ダードの身なりを美しいりっぱなものに変え、泥壁の小屋を、大勢の使用人の いる宮殿に変えてしまう。そして、神様は心のやさしい人を助けてくださると言う。

 ワリ・ダードも商人もすっかり驚いてしまうが、商人のすすめで、ワリ・ダードは宮殿になった自分の家に、王様と王女、そしていちばん身分の低い召使いまですべて招 待して宴を開く。

 王様が、ワリ・ダードは王女との結婚を望んでいるのではないか、とそっと尋ねる。ワリ・ダードはその言葉に感謝するが、自分は美しい王女様と結婚するには年をとっ て醜いと言う。けれども、勇敢でりっぱなネカバードの王子様をここに招くまで、王様と王女にいてほしいと望む。 王子がやってきて、王女に会うと、ふたりはお互いが好 きになり、ワリ・ダードの宮殿で結婚式を挙げた。

 ワリ・ダードは長生きをし、困っている人は誰でも助け、お金持ちになってからも、貧しいときと同じに気前がよくやさしい人でありつづけた。



 ワリ・ダードは無垢なまでに欲のない人ですが、考えてみると、この話にはだれも邪悪な人や強欲な人が出てこないのです。

 お金持ちの商人はワリ・ダードの貧しさを気にする様子もなく、隔てのない友人としてつきあっているし、王様にワリ・ダードはどんな人かと聞かれると、貧しいことは言わず についほめたたえてしまいます(しかもそれは嘘ではないのです)

 王様はワリ・ダードのことを特に調べることもなく王女に結婚をすすめ、彼が老人だと知っても気にする様子はありません。王女も王子も善意の人たちで、相手が誰であれ 贈り物に礼をつくします。

 そんな善意の人たちばかりですが、物語は退屈でも説教臭くもありません。贈り物がエスカレートするところは面白く、どうなることかと思います。(日本の「わらしべ長者」に も少し似ています)ワリ・ダードが贈り物の馬やらくだを見て、まさか自分へのものだとは思わず、これは草が売れるぞとせっせと草を刈るシーンもあり、ユーモラスです。

 そして、貧しい小屋へ王女が来ることを知った時のワリ・ダードの嘆きも、子供のように可憐でかわいそうで、慰めたくなります。最後にワリ・ダードはお金持ちになり、王子と 王女は結婚し、商人はみんなからお礼をもらって、それぞれ幸せになるのも、心地よい読後感で、素直によかったなと感じられます。

 このようなファンタジーだと、貧しい老人が妖精の力で若いお金持ちの王子さまに変身し、王女さまと結婚するというパターンもあります。けれど、ワリ・ダードはお金持ちにな るだけで、労働で手足の荒れた老人のまま、けれどあくまでも心やさしく気前のいいワリ・ダードのままなのです。外見や年齢はそのままというハッピーエンドは、現実的なよ うでいてファンタジーとしてはかえって新鮮です。人生の後半にこんなよいこと(単にお金持ちになることではなく、すぐれた王子と王女の結婚の仲立ちになり、おそらくその後 も友情をもち続けること)があるのなら、なんと素敵なことでしょうか。年をとるのも悪くないな、という気持ちにもなります。

 このお話はぜひ劇にして、登場人物のように無垢な子供たちに演じてほしいなと思います。その劇を想像するだけで、ホロリとして泣いてしまいそうですけれど・・・。


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