スカウト(本名ジーン・ルイーズ)・フィンチ(ハーパー・リー著「アラバマ物語」(菊地重三郎訳・暮しの手帖社))   



「そうじゃない、誰でも教わらなきゃならないのよ、生まれつき知っている人なんていないわ。あのウォルターって子、ほんとに利口よ、 いつも外に出て、お父さんの手助けをしなきゃならないから、もたつくことがあるだけなのよ。どこもこれといって悪い子じゃないわよ。 私はちがうな、ジェム、私は人間は一種類しかないと思うわ。人間っていうものはね」



「アラバマ物語」のあらすじ

1930年頃のアラバマ州で、弁護士アティカス・フィンチは、妻を亡くしていてジェムとスカウトの二児を育てていた。ジェムは落ち 着いた性格の男の子、スカウトは元気のよい女の子。スカウトが学校に入る年の夏、兄妹は隣家の親戚の子ディルと仲良くなる。三人が繰 り返した遊びは、近所のラッドリー家の次男ブー(アーサー)に関するものだった。ブーは少年時代軽い非行をして以来、家から出たこと がなく、近所での不気味な噂のもとになっていた。父アティカスは子供たちの遊びに気づいて叱るが、子供たちはなかなかラッドリー家へ の好奇心を押さえられない。

アティカスはある婦女暴行の事件を担当する。被告は黒人のトムで、白人の貧しい家庭の娘メイエラを強姦したという罪状だった。アテ ィカスが黒人を弁護するということで、近所の人や親戚、スカウトの学校の友だちでも、アティカスを非難したり白眼視する者が現れる。 父を侮辱され怒るスカウトに、アティカスは正しいことをしているのだから堂々と、紳士淑女らしくふるまえと言う。

アティカスが黒人の弁護をすることを非難する人の中に、スカウトの学校友だちのウォルターの父カニンガムがいた。もとはアティカス に相続人限定の依頼をしていた人だった。スカウトがカニンガムに話し掛けると、彼はふと我に返ったように抗議をやめて帰って行く。

トムの裁判の日が来る。メイエラやその父ボブ、そしてトム自身の証言から、トムがメイエラを強姦したという事実はありえないことが 明らかになる。真相は、孤独なメイエラがトムを誘惑しているところをボブに見つかり、トムは逃げ出し、ボブがメイエラを殴ったのだっ た。しかし、陪審員はトムに有罪を言い渡す。思いがけない不当な結果に、とりわけジェムは衝撃を受ける。絶望したトムは、あとで刑務 所から脱走を図って射殺されてしまう。

子供たちは、トムの事件を通して、世の中の偏見の恐ろしさ、法律の不公平さなどを感じる。そんな子供たちにアティカスは、陪審員の 中で、カニンガムだけはトムの無罪を強く主張したことを教える。アティカスの行動によって、町の人たちも、遅い歩みではあるが、偏見 から少しずつ解放されつつあるようだった。

一方、ボブは法廷でアティカスに嘘を暴露されて彼を逆恨みし、つけ狙うようになる。ハロウィーンの夜、スカウトとジェムが二人で家 に向かって歩いているとき、ナイフを持ったボブが追いかけてくる。騒ぎを聞きつけ、危機を救ってくれたのが、ラッドリー家のブーだっ た。スカウトは初めてブーと向き合い、かつてない親しみを覚える。トムのような黒人、カニンガム、そしてブーなど、スカウトの周りに はさまざまな人がいた。眠りにつくスカウトに、人間はみんなわかってみればいい人なのだと、アティカスは言う。



ジェムとスカウトの目を通して、冤罪に陥れられた黒人の若者の事件が展開します。当時のアラバマは保守性が残っていて(黒人だけで なく、女性に対してもそうですが)事態をいっそう深刻にしています。スカウトのようにくもりのない心で、納得のいかないことは黙って いられない子供には、一層衝撃的な事件だったでしょう。

しかし、全編を通じて、スカウトは周りの環境に順応して行くこともだんだん覚えて行きます。学校の教育方針が家と合わなかったり、 アティカスの姉である伯母さんがスカウトを女の子らしくしつけようとしたり、また、黒人やカニンガム家との交流を禁止したりといった 事件がいろいろ起こります。スカウトは本当に納得できないことに対しては正面からぶつかっていきますが、それ以外のことでは少しずつ 妥協したり、現実的な解決を見出したりしています。ふだんはオーバーオールをはいて、兄やディルといっしょに外で遊んでいるスカウト ですが、大人になったらきっと、伯母さんたちのいるレディたちの社交界に入って行くであろうことも自分で予測しています。

アティカスにしても、トムやボブの件では、決して理想だけを掲げているわけではなく、かなり現実的なところで妥協しています。裁判 には勝てないことを予期していますし、法律を変える困難さもよく知っています。むしろ、その状況の中で良心に従って不利な弁護を引き 受けるところが彼らしさと思えますし、物事を長い目で見て、あきらめずに理想へ向かっていく姿勢が見えます。よきアメリカ人の一つの 典型といえるかも知れません。

スカウトはどんな大人になるでしょうか。利発で、活発な感情をもっている彼女が、現実と折り合っていくだけでなく、彼女の理想を実 現していく姿を見たいものです。

なお、この作品は映画化されていて、グレゴリー・ペックがアティカス・フィンチを演じています。スカウト役はメリー・バーダムとい う子役で、スカウトのイメージにぴったりの、元気でかわいくて、利発そうな女の子でした。


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