曽根真知子(野上弥生子著「真知子」(新潮文庫))   



「私があなたでしたら、ロシアへ廻るにしても蒙古の発掘よりか、あの国に造られている新しい社会を見る方がたのしみです。私たち には理論だけきゃ分らないものが、あすこでは模型になって出来上ろうとしているのですわ。私、疑ぐり深い性分ですから(略)話を 聞いただけや、書物を読んだだけでは承知できないのです。自分で確かめた上でなければ」



真知子のプロフィール



「婦人たちのくらし」の項でふれたように、真知子は昭和初年の女性としてはきわだって先進的ですが、それは単に新しいもの好きと いうことではなくて、真知子の独立心に根ざしたものだと思います。大学の聴講生となって学ぶほどの向学心にも、活動的な洋装にも、 周囲に流されずに自分の生き方やスタイルをつかんでいこうとする姿勢が表われています。

女性がひとりで自立して生きて行くことはまだ困難な時代で、職業につくこともなかなか容易ではありません。かつ、真知子の家庭 は上流社会と姻戚関係にあり、そのしがらみや、母への気兼ねから、真知子は自分の家庭環境から羽ばたくことができません。真知子に とって社会主義者の関三郎は、自分をしがらみから解き放つ突破口でもあり、その後苦楽を分ち合う同志として映ったでしょう。反対に 真知子に求婚する財閥の御曹司河井は、真知子にとって、虚飾に満ちた封建的な世界に自分を縛りつけようとするかに見えます。

しかし、ある異性をパートナーと考えるには、その人の社会的な立場もさることながら、その人がその立場の中でどんな考え方をし、 どう生きるかということの方がもっと大切でしょう。聡明な真知子はそれに気づいて関に別れを告げ、河井への愛に応えます。一貫して 自己弁護をせずに自分を省み、新しく歩み出そうとする真知子の真摯さに心を打たれます。

河井と結婚するということは、決別したかった上流社会とのつながりが断ち切れないということでもあり、真知子の前途には幸福だけ が待っているとは言い切れないかもしれません。けれど、柔軟で因習にとらわれない河井ならば、真知子は結婚しても彼女らしさを失わ ず、共に生きていけることでしょう。


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