ハァちゃん(城山隼雄)…(河合隼雄著「泣き虫ハァちゃん」(新潮文庫))  



「泣いたってかまへん。ほんまに悲しいときは、男の子でも、泣く子の方が、よっぽど偉いんやぞ」



「泣き虫ハァちゃん」のあらすじ

 ハァちゃんは男ばかり六人兄弟の五番目。兄弟の中でひとりだけ泣き虫で、でも負けん気の強いところもあるので、自分が泣き虫なのが嫌でもある。幼稚園で大好きな先生が結婚して辞めることになったときも、泣いてしまった自分を恥ずかしがるハァちゃんだが、お母さんは「ほんまに悲しいときは、男の子も、泣いてもええんよ」と教える。
 兄弟はみんな強いが優しくもあり、ハァちゃんは一緒に遊んだり、ときにはすぐ上の兄さんたちをやりこめたりもする。クリスマスの朝はみんなでサンタクロースが隠したプレゼントを探したり、外に出かけてチャンバラごっこをしたり、川へ泳ぎに行ったり、楽しいときが過ぎていく。
 それでも、一年生の時から仲良しだった青山の周ちゃんや、初めて好きになった淋しげな美少女、川崎の美っちゃんが転校していってしまい、「自分の好きな人はみんな行ってしまう」「結局はひとりなんや」とはかなく感じたりもする。
 四年生の時は、先生とそりが合わず、疑問に思ったことを質問するとみんなに笑われたりして、つらい冬のような時期だった。頭も良いハァちゃんは勉強を少しさぼるが、ちょうど学校へ来たお母さんに、見られてしまった。ふてくされるハァちゃんにお母さんは初めて手を上げ、「失敗は誰でもあるんや。なんぼ失敗しても、すねたらあかん」と教える。お母さんにぶたれて、ハァちゃんはすっきりしたような、氷が割れて春がやってくるような気持ちを味わうのだった。



 2007(平成19)年に亡くなった心理学者の河合隼雄さんが、自分の子どものころの出来事をもとに書いた自伝的小説です。連載中に河合さんが病に倒れ、絶筆となってしまったため、小学四年生までとなっています。
 主人公のハァちゃんは河合さん自身がモデルで、感受性が強くてすぐ泣いてしまうけれど、いざという時は度胸も据わり、頭が良くてふざけ好きな面もある、なかなか多面的で存在感ある男の子です。
 冒頭の言葉は、幼稚園の大好きな先生が結婚退職した時、泣いてしまったことを隣の孝ちゃんに指摘され、俄然反撃して言った言葉です。すぐ次に「泣く子の方が偉い、は言いすぎかなと思ったが」とあり、笑わせます。
 この部分のように、しみじみとハァちゃんに共感したり慰めたくなるところ、笑わせるところなどの緩急は絶妙です。

 ハァちゃんをとりまく両親、兄弟などもよく描かれています。厳しいけれど温かくユーモアもあるお父さん、師範学校を出て、ハァちゃんの先生にまで一目置かれる、優しいしっかり者のお母さん。(お父さんとお母さんは、食事の始めはふたりだけでお酒を飲むそうです。)強いけれど穏やかな長兄オキーちゃん、率直でさっぱりとした次兄タト兄ちゃん、リーダーシップ抜群の腕白マト兄ちゃん、当意即妙のミト兄ちゃん、小さいながらお兄ちゃんたちと一緒に行動したい弟のいいちゃん。ハァちゃんの仲良しで、賢くて東京ふうに直裁な青山の周ちゃん、勉強ができないと思われてばかにされていたけれど、だんだんしっかりしてくる女の子のきぃちゃん。それぞれ個性豊かで魅力的です。

 私は、この本を読んで、中勘助の「銀の匙」を思いました。こちらも、感受性が強くて波の音に涙ぐんでしまうような、けれど頭が良くて誇りもあり、戦争に浮かれている友達や先生が幼稚に見えてしまう(そのために操行の成績を落とされる)など、戦時色の濃くなる時代にはいろいろと難儀だった少年の話で、どこか河合さんに似ています。
「銀の匙」の少年は伯母や姉にかばわれたり、友達の女の子と心を通わせたりして、心の繊細な部分を守っていました。(少し大きくなって、男の子のさっぱりした友達もできるのですが)ハァちゃんは反対に、元気で強いけれど優しいお兄さんたちに支えられたり、鍛えられたりしていたようです。どちらも幸せなことですし、むしろ軍国主義的な時代には、繊細な内面を女々しいなどど罵られて、心の誇りを保てなくなってしまった少年たちがたくさんいたのだろうなあ、と思います。冒頭のハァちゃんの言葉を聞かせてあげたいところです。


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