ゲルダと山賊の娘…ハンス・クリスチャン・アンデルセン著「完訳アンデルセン童話集(2)」より「雪の女王」(大畑末吉訳・岩波文庫)



ゲルダ「人にしても、動物にしても、なんて親切なんでしょう!」

山賊の娘「あたしはね、もつとなんべんも、このとんがったナイフで、おまえをくすぐってやりたいんだよ。だって、その時のおまえの おかしなかっこうったらないんだもの。だけど、まあ、どっちだっていいや! おまえの綱をほどいて、外へだしてやるから、ラプラン ドまで走って行きな。けど、一生懸命走って、この女の子を雪の女王のお城までつれて行くんだよ」



「雪の女王」のあらすじ

ある日、悪魔がひとつの鏡を作った。この鏡は、よいものや美しいものを目立たなく映し、醜いものや役に立たないものを強調して映 してしまう。この鏡が割れて細かいかけらとなって地上に飛び散った。かけらが目に入った者はものを逆に見たり、悪いところばかり見 るようになり、心臓に入った者は氷のように冷たい心になってしまう。悪魔は大喜びだった。

ある大きな町に、貧しいがきょうだいのように仲の良い男の子と女の子がいた。男の子はカイ、女の子はゲルダという名前だった。二 人はある冬の日に、おばあさんから雪を降らせる「雪の女王」の話を聞き、カイはその日、雪の女王の姿を窓の外に見る。身体は氷でで きていて、きらきらする雪の白い薄いドレスを着て、目もきらきら輝いていた。落ち着いた安らかな様子はないが、美しい人だった。

 カイとゲルダの家にはそれぞれバラの木があり、次の年の夏にはとても美しく咲いた。ゲルダは、バラの花を歌った讃美歌を一つ覚え て、カイにも教える。その直後、悪魔の鏡のかけらが漂ってきてカイの目と心臓に入った。とたんにカイは人が変わったようになり、乱 暴で、人の真似をしてその人を嘲笑うような性格になってしまう。

 また冬になり、カイはそりに乗った雪の女王に会う。女王は優しくカイを招き、カイは自分のそりを女王のそりに結びつけて、雪の女 王の城に行ってしまう。女王がカイにキスしたので、カイは寒さを感じなくなっていた。そこでカイは、氷のかけらで形を作る遊びに熱 中して、ほかのことはすべて忘れてしまう。ただひとつ「永遠」という言葉だけをつくることができず、女王は、それができたらカイに この世界とスケート靴をあげる、と約束する。

 ゲルダは、いなくなったカイを探して旅に出る。川を下ると魔法使いのおばあさんがいて、可愛いゲルダと一緒に暮らそうとする。 ゲルダはおばあさんの美しい花園で、しばらくカイを探すことを忘れてしまうが、ある日、絵に描かれたバラの花を見てカイを探すこと を思い出す。花たちはみな、自分のお話や歌を語るばかりで、カイのことを知っている者はいない。ゲルダは花園を出てカイを探しに行 く。季節は秋になっていた。

 次にゲルダは、森の中でカラスに会った。カラスは、自分の婚約者がいるお城にいる少年がカイではないかと言う。少年はお城の王女 と結婚することになっていた。ゲルダは、二羽のカラスの手引きで城の中に入り、王子と王女の寝室に入る。王子は、首筋のところがカ イに似ていたがちがう人だった。けれども二人は、ゲルダをかわいそうに思って優しくし、お城に留まるようにすすめた。ゲルダはカイ を探しに行くと言い、馬車と馬と長靴、そして手を温めるマフを二人から贈られた。

 ゲルダが馬車で森の中を走っていると、きらびやかな馬車が山賊たちの目に留まって捕らえられてしまう。殺されそうになるが、山賊 の小さな娘が、この子は自分の遊び相手になるのだと言ったために助かる。娘は、育ちのせいで乱暴で、強情でもあったが、ゲルダに心 をひかれ、ゲルダが今までのことを物語るうちにだんだん真剣になり、ゲルダを逃がしてやろうとする。山賊のところにいた鳩やトナカ イは、カイのいるところを知っていて、ゲルダに教えてくれた。山賊の娘は、自分のトナカイにゲルダを乗せ、手袋と食べ物をゲルダに くれて、トナカイに、ゲルダを雪の女王のところまで送らせることにする。

 トナカイは、ラップ人とフィン人の女に教えられて、雪の女王の庭のはずれにゲルダを連れて行く。ゲルダは、長靴と手袋を忘れてし まい、寒かったが、元気を出して駆け出す。しかし、ここの雪は生きていて、大きく不気味だった。ゲルダが主の祈りを唱えると、天 使が現れて、雪の軍勢からゲルダを守り、暖めてくれた。

 雪の女王は暖かい国に出かけていて留守だった。ゲルダはお城に入り込み、カイを見つける。やっと会えたカイは冷たく、身動きも しない。ゲルダはカイに抱きついて泣く。その熱い涙がカイの心臓に落ちて鏡のかけらを食い尽くし、カイは我に返ってゲルダを見る。 ゲルダはバラの花の讃美歌を歌う。それを聞いたカイは泣き出して、目に入った鏡のかけらが落ちる。再会を喜び合うふたりに、氷の かけらまでが嬉しそうに踊りだし、「永遠」の言葉の形ができあがる。カイは自由になった。

 ふたりは雪の女王の城を出て、家へ向かう。風は静まり、太陽が輝いていた。帰り道で、今までゲルダが出会った人たちが二人を迎 え、二人の再会を喜んでくれる。

 帰った時は美しい春になってた。二人は重苦しくつらい日々のことを忘れ、何もかも今までのとおりだと感じる。けれども、ひとつ だけ違っていた。ゲルダとカイは子供の心をもったまま、おとなになっていたのだった。



 子供の時から親しんだ、有名なアンデルセンの童話ですが、いくつか勘違いしていたり、覚えていなかった部分がありました。

 「雪の女王」という題や、カイが女王のお城に行ってゲルダを忘れてしまうことで、カイが冷たい心になったのは雪の女王のしわざ、と いうイメージが強いのですが、今読んでみると、それはむしろ悪魔の鏡のかけらのせいで、女王は別段カイに悪いことはしていないのです。 女王は、パズルのような課題をカイに与えただけで、それが解けたあとは約束どおりカイを自由にしています。

 また、全体を貫くキリスト教の信仰の強さ、とりわけ、「幼子のようでなければ、天国に入ることはできない」という聖書の言葉も、子 供の時にはあまり意識しないで読んでいたように思います。

 ところが、人は、いつまでも子供のままでいることがなかなかできません。子供の心をもった大人になることも大変なことです。アンデ ルセンのほかの童話でも、特に、豊かになることで子供の心を忘れてしまったと思われる人がたくさん出てきて、心を改めるまで苦しい思 いをしたり、悲惨な死に方をすることが多いのです。(なぜか、アンデルセンは女性が裕福になることに対して特に懐疑的なように思いま す。「赤いくつ」のカレン、「パンをふんだ娘」のインゲル、「イブと小さなクリスチーネ」のクリスチーネ(母)など、その罰は少し厳 しすぎるのでは、と思う例がたくさんあります)

 ゲルダとカイにもこの試練が訪れ、カイは、雪の女王のお城で難しい問題を解くこと、ゲルダは、親元を離れてカイを探す旅に出ること が、大人になるための課題だったように思います。雪の女王のしたことそのものがむごく感じられないのは、完成度の高い仕事をなしとげ る試練、と感じられるせいかも知れません。もしも、悪魔の鏡のかけらがカイの目や心臓に入らなかったら、そして、カイがゲルダと二人 で雪の女王の問題に挑戦していたら、それは、親しいもの同士で純粋な知を求める、楽しい仕事だったかも知れません。
 二人は与えられた課題をやりとげます。カイはもともと頭のよい子だったようですし、ゲルダには、優しさと信仰からくる勇気や強さが 強い力になりました。フィン人の女が、「どんな人間でも動物でも、あの子のためには、どうしても助けになってやりたくなるじゃないか。 (略)あの子のやさしい、罪のない心が、とりもなおさず、力なのだよ」と言っています。ゲルダ自身は自分の力に気づくこともなく、冒 頭のように無邪気なことを言っていますが、ゲルダに出会う人も動物もたちはみんな、ゲルダに親切にせずにはいられませんでした。ゲル ダの優しさと強さ、無邪気さは、カイを救い出しただけではなく、みんなを優しい気持ちにしたようです。

 王子や王女、カラスや鳩やトナカイといった、やさしげな人や動物たちと比べて、山賊の娘は異色です。この娘は、トナカイの首をナイ フでくすぐって、おびえるのを見て面白がる、というほど荒々しい娘です。初めは、ゲルダの馬車やマフのように、ゲルダを自分の獲物の ような遊び相手としか考えていませんでした。でも、ゲルダの話を聞くとすっかりゲルダの立場になって考えるようになってしまいます。 心の中には葛藤もあり、「まあ、いいや! どっちだって、いいや!」と何度も言いながら、自分のトナカイをゲルダに与え、ゲルダを逃 がしてカイのところへ行かせる手はずを整えるのです。

この山賊の娘とゲルダは、実は遠いようで近く、自分にないものを補い合って向上していく友達同士のように思えてなりません。山賊の 娘は最初からゲルダが好きでしたし、ゲルダは娘の瞳に何か悲しそうなものを見出します。ゲルダは山賊の娘が見ることのなかった優しさ や気高さをもっていたし、山賊の娘は、その願いをかなえる現実的な実行力を持っていました。雪の女王のお城を出たあと、ゲルダはカイ と共に、家を出てきた山賊の娘と再会します。娘はカイに向かって、「いったい、あんたのために世界の果てまで行くほど、(あんたに) 値打ちがあるかどうか、あたしはそれが知りたいね」と言い、ゲルダは娘のほほをかるく打ちます。娘も遠慮がないですが、ゲルダも彼女 のことを怖がったり悪く思ったりはしていないのです。外見や生きてきた環境はちがいますが、ゲルダと山賊の娘は信頼しあった友達同士 でした。その友情は生き生きとして親しみを感じます。ゲルダのカイに対する愛情に勝るとも劣らないのではないかと思います。


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