藤戸恵理子・橋宮章子(三浦綾子著「果て遠き丘」(集英社文庫))  



恵理子「香也ちゃん、香也ちゃんの寸法はかっておくわね。いい布地があったら、スーツかワンピース作っておいてあげるわ」

章子「ね、政夫さん。でもね、わたし、お父さんに大きな家を建ててほしいなんて、ほんとうはいいたくないの」



「果て遠き丘」のあらすじ

橋宮香也子は、建材会社の社長橋宮容一の次女で、父が再婚した扶代と連れ子の章子とともに暮らしている。実母の保子は10年前、 香也子が10歳の時父と離婚し、その母ツネと、香也子の姉である恵理子と暮らしていた。保子は美しく女らしいが病的に潔癖症なと ころがあり、それを鬱陶しく思って容一が扶代と浮気したので、夫婦は離婚したのだった。

香也子は自分を棄てた母を恨み、また、いつも自分よりよいものを持っているような恵理子を憎んでいた。また、扶代と章子が香也 子を気遣っても、二人の母娘らしい仲のよさが香也子には気に入らない。父母の離婚によって、香也子は愛を信じないようになり、愛 し合っている人を見ると引き裂くのが楽しみになってしまっていた。

ある日、従兄の小山田整が姉の恵理子をほめるのを聞き、香也子は妬ましく思うのと同時に、姉がどんな女性になったのか見たくな る。香也子の行動がきっかけで、10年間会わずにいた香也子と保子・恵理子、そして、容一と保子も再会することになる。容一は扶 代にも物足りなさを覚え始めていて、保子とずるずるとよりを戻す。

香也子は恵理子と会い、その美しさや清らかさに何かかなわないものを感じて、ますます妬む気持ちが強くなる。恵理子が心をひか れていた青年西島広之を知り、姉との仲を裂いて自分の恋人にしようとするが、西島はかえって恵理子に深くひかれていき、香也子の 策略はうまくいかない。

一方、章子は通っていた英語塾の教師、金井政夫と婚約する。香也子には、自分より地味で容貌が劣る章子が先に婚約することは面 白くなかった。金井を誘惑し、その証拠を、章子が金井に身体を許した直後につきつける。金井はもともと章子を愛していたわけでは なく、橋宮家の財産が目当てだった。章子はショックを受けて家出してしまう。その後、香也子は再び金井に近づき結ばれる。香也子 は金井と結婚すると宣言し、扶代のみならず容一も怒らせる。

そのあと、容一と保子は家族を欺いて旅行に出かけるが、自動車事故に巻き込まれたため、双方の家族に気づかれてしまう。扶代は おっとりした優しい女だったが、香也子母子が自分と章子に加える傷みに耐え切れず、憎しみの気持ちが生まれる。同時に、容一の自 己本位な態度にも怒りを覚えるようになる。

家出していた章子を、小山田整が見つけ出す。章子にとって、いつもじぶんをかばってくれた整が、いつしか愛の対象になっていた。 整は恵理子を愛していたのだが、従兄妹同士なので最初から認められないと諦めていた。整は章子と結婚することになる。

香也子は恵理子と西島を裂くために、西島の友人の妹で、彼を慕う貴子も利用しようとする。しかし、西島が愛していたのは恵理子 だけで、香也子の策略が発端となって西島は恵理子に求婚する。恵理子は幸せをかみしめる。貴子ものちに見合いの相手と結婚するこ とになった。

容一と保子の浮気現場を、香也子のにせ電話で扶代が訪れる。狼狽する容一と保子に対し、扶代は冷たく落ち着いていた。容一は結 局は扶代に家庭をまかせる気持ちでいて、別れて保子と再び結婚する気はなかった。容一と保子を残して扶代はその場を出て行く。

香也子にしばらく会えなかった金井から電話で呼び出しがあった。金井は、新居を建てていて忙しかったといい、香也子を新しい家 に連れて行く。その豪華さに有頂天になる香也子に金井は、この家は香也子との新居ではなく、ほかの女が自分のために建ててくれた 家だと言う。香也子は逆上し、金井に花瓶を投げつけてその場を去る。

何日かして恵理子と西島の結婚式の日、香也子も招待されているが出席する気になれない。金井に傷つけられた心が癒えないまま、 みじめな気持ちでさまよう香也子だった。



この小説の主人公は香也子という、美しいけれど熾烈な嫉妬心と自己中心主義、そして愛に対する強い不信感をもっている女性です。 まだ二十歳ということもあり、香也子は小悪魔的でありながら、どこかにまだ愛情を求める子供が住んでいるようなところがあります。 この小説が発表されたのは昭和52年ですが、現在だと、香也子の鮮やかなキャラクターは当時よりも支持されるかも知れません。

香也子をとりまく恵理子、整、西島、章子、扶代などは対照的に善意の人として描かれています。もしも、容一と保子が離婚した時 恵理子が容一、香也子が保子と暮らすことになっていたとしたら、恵理子と扶代や章子は、なさぬ仲と思わせないような仲のよい家族 になっていたことでしょう。恵理子が、ただ美しく優しいだけの女性ではなく、香也子が多少意地悪をしても動揺しない(もちろん気 がついた上で)というところがなかなかおもしろいところでした。章子はもっとおとなしい控えめなタイプで、傷つきやすいのですが、 本来は芯が強くて、自分の意思もはっきりしています。婚約した時、容一が援助して家を建てると言っても、それに甘えず、自分たち の家は自分たちで働いて建てればよいと思っています。

香也子や恵理子の従兄で、章子の夫になる小山田整は、明るくひょうきん者で優しく、いざという時には強く、なかなか魅力的なキ ャラクターです。彼に比べると、西島広之は二枚目役ということになっていますが、言うことが少し観念的すぎて、人間的魅力では整 に少し負けているような気がします。観念的といえば、整が恵理子への思いを諦めて、章子に求婚する経緯も少し観念的すぎて説得力 が弱いように思います。恵理子と章子は、整を通して今までよりも親密なつきあいになるはずですが、かつて整が恵理子を愛していた と知ったら、章子は動揺しないでしょうか。(香也子なら言いそうです)また、西島と恵理子の絆が少しでも弱まるようなことがあっ たら、整は平静でいられるでしょうか。

三浦綾子さんは惜しいことに亡くなられましたが、西島と恵理子、整と章子の夫婦が、困難を越えてもうひとまわりたくましくなり、 愛の絆を深めていくような、また、香也子も自分のエゴを克服するほどの愛を見つけるような、「続・果て遠き丘」を読んでみたかっ たと思います。


この小説は、恵理子がデザイナーだということや、橋宮家が裕福だということもあって、登場人物のファッションや食べ物などに華 やかな彩りが見られます。テーマは三浦綾子さんらしくたいへん真面目ながら、楽しく読める作品でした。


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