「ブランコのむこうで」の少年(星新一著「ブランコのむこうで」(新潮文庫))   



「つまんない毎日だったろうな。でも、きょうからは楽しくなるんだよ。ママに会ったら、たくさん甘えるといいよ。(略)ママもそうし てもらいたがってるんだ。ママはほうぼうのお店をたたいて、あけさせちゃうよ。お店をみんなあけちゃったら、街だって明るくなる。 (略)そのうち、ママの知っている人たちもここにあらわれ、にぎやかになる。(略)いまのママの心はきみにもういちど会いたいという 思いでいっぱいで、ほかの人をこの夢の世界に入れさせないんだ。いつまでもこんなさびしい眺めのままじゃあ、きみのママがかわいそう だよ。ママの夢を楽しくしてあげることは、きみにできることなんだ。それに、きみだってそのほうがいいじゃないか」



「ブランコのむこうで」のあらすじ

ある日「ぼく」は学校から帰る時、自分とそっくりな少年に会った。少年のあとを追って歩いているうちに、不思議な世界に入ってしま う。それは少年の父の夢の国、いわば毎晩見る夢を放送しているスタジオのようなところだった。そこにいた祖父の話では、誰でも一つず つ夢の国をもっていて、昼間の疲れを休めたり、美にふれたりしているのだという。自分とそっくりだった少年は、おそらく少年自身の夢 の中で、彼の役を演じている少年が、夢の主の世界を見たくなって出てきて、彼自身を夢の世界に閉じ込めてしまったらしい。

少年は父の夢の世界で、木のうろの中に入り、まわりの音が聞こえなくなる。ふと見ると、まわりの景色が変わっていた。別の人の夢の 国に移ってしまったのである。その夢の主人公は少年より少し年下の王子だった。夢に出てくるオオカミに教えられ、王子が眠っている時 (現実の世界で目を覚ましている時)に少年が眠ると、現実の世界の王子の姿が見えてくる。王子は、現実の世界では病気の男の子で、長 いこと寝ていたが、病気の治療法がやっと見つかったらしいということだった。

夢の国は狭く、果てまで行くとまたもとの場所に戻ってしまうので、いくら歩いても別のところへは行けない。しかし、身体を完全に隠 すとほかの人の夢の世界に移ることができるのだった。少年は、もとの世界に戻ろうとして、戸棚や箱、布の中に隠れては、いろいろな人 の夢の国を旅する。その中で、交通事故で息子を亡くした母親に子供を引き合わせたり、自殺未遂を起こした女性を微笑ませることによっ て死の世界から引き戻したり、彫刻で理想のものを作ろうとしているおじいさんの話を聞いたり、いろいろな体験をする。 最後に少年は、赤ちゃんたちが共通に見ている夢の国に入り込む。ワニが襲ってきて、赤ちゃんたちを守るためにワニに食べられた少年 は、ワニの口がふさがった次の瞬間、自分の家のベッドで寝ていることに気づく。

少年は、自分そっくりな少年を見た日から、熱を出して寝ていたのだった。夢の国での冒険は、幻覚だったのだろうか。しかし何日かた って、少年は近所の家の窓辺で、夢の国でピロ王子だった少年に再会する。言葉も交わさずに別れたが、病気だったピロ王子は元気そうな 様子だった。

少年はブランコをこぎながら、夢の国はどこにあったのだろうと思いをめぐらせる。



この少年は「ぼく」という一人称で示されているだけで、年や名前はわかりません。12〜3歳ぐらいかなと思います。知識や社会に対 する自分なりの視点もある程度もっているようです。

さまざまな人たちの夢の国をさまよいながら、少年は自分にある限りの知恵や勇気で、夢の主人公の悩みを解決したり、降りかかってく る災難から逃れたりします。同時に、ふだん朗らかに見える人が悲しい夢を見ていたり、何をやってもうまくいかない人が夢の中で独裁者 になっていたりといった、人間の心の裏表、人には見えない悲しみや悩みがあることも知っていきます。

わりに理屈好きながら感じやすく、自分自身は裏表のない少年には、身近な親しみを覚えます。少年の旅を、いつまでたっても完成する ことのない自分自身を少しずつ形作っていく過程と見れば、性別・年齢を問わずに、すべての人がやっていることですし、いままでの常識 の通らない不思議な世界へ突然放り込まれた時にできることは、大人も子供もそう変わりはないでしょう。

この少年は、「不思議な国のアリス」のアリスを、昭和三十年から四十年代の日本人の男の子にしたような感じもします。現代らしく、 テレビや8ミリ、カメラなども夢の国を語るたとえとして出てきますし、星新一さんの未来への想像力は、今読み返しても古さを感じさせ ません。

少年は自分自身、夢の世界での冒険は、熱を出して寝ている間に見た幻覚と判断するのが合理的なのだろうと言っています。ただし、そ のあと、夢の中でピロという名前の王子で、現実の世界では病気で寝ている少年に再会します。ピロ王子は病気がよくなって元気そうにな っていました。この結末は、夢の世界の存在を信じさせると同時に、小説を爽やかにしめくくる効果もあり、星さんのストーリー展開のた くみさと、登場人物への優しい気持ちも感じます。


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