近代建築篇   


近代建築についての考察
  五人の婦人たちの登場シーンで、近代建築に関する記述を、小説の中から抜き出して時代順に並べてみました。
  文末のカッコは年度(推定もあり)、場所、名前と当時の年齢です。

公園に続く小高い森を負い、一面に蓮の花の咲いた大きな池、煉瓦の迫持、円柱の並んだ外廊、萌黄の絨毯で、両端を残して蔽われ、真 鍮の笹縁がきらきらしいてる階段。増上寺の寺領であった当時のままを伝えた寺院風の黒い門。それに対し、古びているのと距離がある ために不似合いに見えない鮭色の本館。―――これは彼女が十二三のころ住まっていた知事の家のスナップであった。

(大正3年位、東京、真知子12歳?)

彼女はその裏通りに面して、すぐそれらしい、雪をかぶった数本の棕櫚が道からそれを隔てているきりの、小さな洋館を認めた。

(昭和6、東京、菜穂子28歳)

雪はその谷間の町を真白に埋め尽くしていた。そしてその真白な谷の向うに、何処かの教会の尖った屋根らしいものが雪の間から幻かな んぞのように見え隠れしていた。

(昭和6、東京、菜穂子28歳)

なにが起こったのかよく理解できない。たった二十分ほどで、自分の未来に大きな方向転回がされたのだ。ただ確かなのは、あのアール ヌーボー風の講堂がある女子大に、通うことは不可能になったということだけだ。

(昭和6、山梨、万亀女学校4年(16歳))

銀座が近づいてきた。最近完成したばかりの、服部時計店の時計台がひときわ目立つ。今では銀座四丁目の名物のようだ。

(昭和7、東京、万亀女専1年(17歳))

上野駅についた。三年前に出来上がったばかりの駅舎は新しくて、上りの汽車から吐き出される人々のみすぼらしさが際立つ。

(昭和9、東京、万亀女専3年(19歳))

父親が市議会議員をしている葉子の家は、大きな洋風のつくりで居間にはピアノもあった。

(昭和10、東京、万亀20歳)

万亀はややからだを斜めにして、いま通り過ぎたばかりの「主婦乃友」社をもう一度眺める。大正時代に建てられた社屋は、石の円柱と 長い階段があって、まるでギリシャの神殿のようだ。学生の頃、万亀は何度憧れをもって、この建物を見つめたことだろう。丸縁の眼鏡 をかけ、スカートを翻すようにして階段を登っていく女性記者たちにため息をついたこともある。

(昭和13、東京、万亀23歳)



近代建築は、小説によっては全く出てきませんが、林真理子さんは日本女子大、服部時計店、上野駅、主婦の友社など、東京の建物を活 写していて、近代建築ファンを楽しませてくれます。ファッションとともに近代建築を、先進的なもののシンボルとして位置づけててい るようです。(山梨は山梨で、藤村式建築という明治では先進的な学校の建物がいくつもあって、現存していたはずではありますが・・ ・)

「菜穂子」に出てくる東京の近代建築は、珍しく大雪であることもあってどこか幻想的なものになっています。なにか奇蹟が起こりそう です。

「真知子」には近代建築についての描写は一箇所しかありませんでしたが、この「鮭色の本館」のある知事の家は、落ち着いていい感じ です。追憶的な場面として描かれています。



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