花やしき
立ち並ぶ、巨大な蒸気施設。

場所が地下である為、
天然光の介入を一切許されない空間。

天井には等間隔で照明が備え付けられ、
鋼鉄の壁通路が延々と続いている。

そこを歩く人の数は少ないが、
確かに人はいた。
白衣の人間と作業服の人間達である。

人間の英知、技術が全て集約された施設の数々。

その中の一つには製造途中の光武の姿もあった。
その光武は旧型の初期光武。

花組隊員、全員分を揃えた七つの光武が立ち並んでいた。
各基本色に基づいたモノアイ発光を行っている。

現在の花組主力は『神武』。
それなのに、どうしていまさら旧型の初期光武を製造する必要があるのか。

一見、不思議な光景ではあったが、
その場にいて、整備に取り組む構成員の誰しもが、
真剣な表情で作業に当たっていた。

おそらく、優秀な指導者がいるのだろう。


ここが、帝撃の花やしき支部。


遊園地を模した大型娯楽地の地下に作られた、
機械製造の要である。

銀座支部のように、
大きな舞台があるわけでもないが、
ここもれっきとした人の集う場所。

霊力の相乗効果及び、施設の存在を隠す上でも、
遊園地地下の開発施設というは、うってつけの構造だった。

戦いの過ぎた現在。
先の戦いで負傷した機械整備や、
新たな設備の開発のため、
今現在、最も重点を置かれた支部である。

その中の一室。
第三通達室。

他の設備に比べると、
あまり大きくない一室だが、
他の支部からの連絡が来る、重要な施設である。

そこに、不届きにもタバコを咥える男の姿があった。

「………」

無言の彼は、
目の前のモニターを見つめている。

表情は険しいが、恐らくモニターの発光がまぶしいだけだろう。
何せ、彼はそんなに仕事好きでもない。

彼が見つめるモニターには、
蒸気演算器による書類転送内容が次々に刻まれていく。
受信されていく内容の一つ一つに、
彼は目を通していた。

銀座支部からの通信という、
なかなか大層な仕事をしている男。

日本人特有の黒髪を適当に散発した、なんだかよく解らないボサ頭。
コーヒーでもこぼしたのか、上着にしている白衣には茶色のシミがいくつかあった。
とにかく汚れが目立つ、不純ないで立ち。

右胸に飾られた名前明記の小板が、
彼の名前を示す。

『第弐研究部主察管理人 城田』

彼の名は城田貫吉。

先の戦いにおいて『神武』整備に大きく携わった者として、
現在の花やしきにいくつかある部課の一つを任される責任者になっていた。

先の戦いでの彼を考えると、想像もできない姿である。
それは彼自身もそうであって、
人の上に立つという立場に慣れられないでいた。

一度は監督という、
現場を任されていた彼。
現在では光武の仕組みを理解する者として、全体に指示する仕事を任されている。
その為、研究部という場所にいた。

銀座支部と違い、花やしき支部は仕事分業が成されていて、
それゆえに仕事内容ごとの部課が多い。

銀座では現場にも出ていた彼だが、
機械内部専攻の城田は、開発部門に回されていたらしい。

こんな判断に、
自分本意で、無作法な城田が納得するはずも無かったが、
指令を下してきた上司に逆らえなかった。

そこだけは仕方ないと、
城田は燻って仕事をしていた。

一応、霊子甲冑に携わる部門であるし、
全く新しい分野ってわけでもない。

「………」

城田の目の前のモニターは静止し、データ受信終了を告げる。

蒸気通信装置は紙一枚一枚に文章を印字し、
最後は紙を押し出した。

すると、城田はそのモニターの脇に置いておいた書類を手に取り、
蒸気通信装置から、転送されてきた書類を破き取る。

その紙は重要書類なのだが、彼は適当に扱っていた。
何かに追われているように急ぎながら、モニターの電源を落とす。

モニターの活動は止まり、
この部屋の電源施設は全て休止した。

城田は、そのまま黙って、
部屋を後にする。

いなくなった後には、
白煙が立ち込めていた。


───────────────────────────………………………………………


先ほど手に入れた、伝達結果の印字された書類を、
自らの持っていた書類束に加える城田。

冷たい壁の通路を進む。

すると、やがてガラス張りの施設脇に差しかかった。
この花やしき内部はまるで蟻の巣のように複雑で混雑している。
通路には多くの案内目印が備え付けられていた。

「………」

城田がそのガラスの向こうを見つめると、
そこでは七体の光武が整備されていた。

その施設からすれば、城田が立っている通路はかなり高い位置にいるのだろう。
彼から見つめる光景はとても絶景である。

少し弱めの照明が、七体の巨人を映しているのだ。
そこに群がる整備班。

帝都を守る帝撃の、
大きな組織力が見て取れる。

だが、ここに来て、もう半年以上の城田にしてみれば、
見慣れた光景だった。

驚きもしない表情で、
通路脇の扉を開く。

それはとても厳重な電気管理の扉であり、
城田が手のひらを機器にかざすと、
蒸気を噴出しながら扉は横滑りしていった。

本当に、花やしき支部の管理体制は重々しい。

だが、そんな管理体制にも許された城田はそれ程に偉くなっていたのだろうか。

城田はその扉が開くなり、
ゆっくりと一歩踏み出す。

口元にタバコを咥えたまま、
いつもの仏頂面は変わらない。

彼はその部屋の光景を目の当たりにし、
立ち止まった。

「……この配線があかん。
 ここと統合して、位置をズラせば霊子活動が順調に……」

部屋に響く、関西弁の声。
女性は何かを説明していた。

部屋の中には、何人もの男達が取り囲んでいる。

大きな机に広げられた、光武の開発図面。

そこを白肌な指で指差し、
論じている女性。

周囲の男達は彼女の放つ言葉、一つ一つを重々に聞いていた。

彼らは一人一人が、
部課の責任者である。

開発部門や整備部門、
通信部門と運搬部門などなど、
持ち場は違えど、立場は一緒である。

そして、彼らに明確な説明をしながら、
指示をしていく彼女。

紫髪を三つ編みにした、
目がねの女性。

李紅蘭だ。

彼女は、実力豊富として優遇され、
花やしきの支部長なき後の指導員として任されていた。

城田貫吉とは別次元のお偉いさんである。

「あ、城田はん」

彼女は城田が部屋に一歩足を踏み入れるなり、
すぐに気付いた。

何せ、城田のブーツの底は厚くてよく鳴る。

支部長の言葉によって気付いた周囲の男達。

彼らはそれぞれの支部長であり、
その男が部屋に入ってきた途端、
すぐに嫌みったらしい視線を送った。

各部課長の中で、最もやる気の感じられない彼の態度は、
この厳粛たる花やしきでは品位を疑われてしまう。

「………」

城田はそんな視線を一手に受けて、
うざったそうに部屋に入り、
入り口付近にあった椅子にドカリと座った。

見上げる時計はすでに七時過ぎを示している。

広げていた図面を丸め、
紅蘭は挨拶も何も無い城田を見る。

「こら。城田はん。
 会議は六時半刻集合になってますのや。
 何か言うてや」

その表情はどうも不真面目ににやついていた。

だが、周囲の男達とは違って、
心地良いにやけ顔だった。

どう見ても、上司としての態度ではない。

だが、それもまた李紅蘭が変わっていない証拠という事で、
城田は不平を言わない。

「……すまねぇ。
 本部からの突然の通信があって、受信に手間取った」

書類を掲げて、彼は言う。
一応、それは事実だ。

だが、最新技術を駆使した受信に一時間もかかるわけが無い。

周囲の部課長達は、
そんな締まりのない城田をキッと睨んでいる。

彼らにとって、城田貫吉がどうしてこの部屋に入れるのか理解できない。

ここは、エリートクラスのみ入室を許可されている会議室。
ただ、先の対戦で紅蘭の助手的存在を勤め、
たまたま『神武』開発に携わっただけの男に、
どうして花やしきの特権を許されるのか。

彼らの目はそんな目をしていた。

「………」

城田はそんな環境に、うんざりしながらも、
第ニ研究部を任されていた。

あの頃、全てに無気力だった目は、
今はよく険しい目をするようになった。

自分はこうして帝都を守る仕事をしている。

その自覚は、どっかの関西弁を話す紫髪の女性のおかげで持ってしまったが、
この環境にはどうにも慣れない。

何せ、
こうして部課長の座にいることに、
一番疑問を抱いているのは城田貫吉自身なのだから。

「………」

椅子に腰掛け、壁に背もたれる城田。

仏頂面で紅蘭の話す会議に耳を傾ける。

彼女の話す内容は重要だが、
城田は別の事を考えていた。

目の前で、男達に熱弁する李紅蘭。

彼女は、どうして俺のような者を
部課長にしたのだろうか。