平和の後始末
太正十三年の初春。

約一年間に渡る、帝都をめぐる戦いは終戦した。

帝都の悪を退けるという形で、
あの激闘は終わった。

先の帝国華撃団の戦いにより、帝都には平和が戻ったのである。

あれほど大量に発生していた降魔達も、
聖魔城没落とともに沈み、
敵の首領、葵叉丹も完全に死に絶えたと云われている。

一時は復興不可能とまで言われていた首都も
賢人機関の指導の基、蒸気機関をフル活動した事によって、
見事日本国の帝都として再現されていた。

今回の戦いは
帝都の都市機能重視が必要不可欠だと思い知らされる結果となった。

各施設の充実はもちろん、
対降魔においても十分対抗可能な帝都防御壁の計画が始まっていた。

当初は帝都の戦時防衛対策(近隣国対抗)だとも見られていたが、
その全面指揮が賢人機関から、ある一人の男に一任された事によって、
解決されたといえる。

米田一基。

彼が新しく発表した帝都防御壁の構想は、
新しい帝撃構想に基づくものであった。

彼もまた、先の戦いによって、
帝都のあまりの無防備さに気付いたらしい。

その打開策としては十分な計画だった。

そして、帝都防衛に大きく携わってきた米田一基の名は近隣国にも響いている。
日本国側が本当に降魔対策を選考している事が認められた。


「………」


その彼、米田一基は、
いつもの支配人室で手紙を読んでいた。

この帝国劇場も一度は葵叉丹によって半壊され、
今は正式公演できるように再建設が急がれている。

先日行った、観劇無料の仮公演『シンデレラ』には大勢の人が来ていた。

多くの人々が、帝国歌劇団の活躍を待っているようだった。

今だ張り出されている巨大な宣伝看板が、
その公演の盛大さを残していた。

時刻は昼頃で、
日差しが特に強い。

本来なら、あまり光の入りが良くない支配人室も、
こうして光が差し込んでいた。

新造の、大きな茶色の机を前に座り、
右肘を着けている米田。

その右手には、一枚の手紙が握られていて、
机の上には西洋模式の封筒が投げ出されていた。

封筒の端には『藤枝かえで』の名前が刻まれている。

手にした手紙の一文一文に、
笑みを浮かべながら読み続けていく米田。

差出人は、前副指令を勤めていた藤枝あやめの実妹、
藤枝かえでである。

米田一基が一ヶ月前ほどに出した、手紙の返事だった。

そして、読み続ける彼の前では
月組隊長、加山雄一が何か話していた。

平和とはいえ、彼らは活動している。

「……とのことなのですが、どう致しましょう。
 米田総指令」

彼は両手一杯に書類の束を抱え、
困った表情で報告している。

額に汗がにじんでいた。
帝都の春は少し暑い。

彼はその帝都中を毎日駆け回っていて、
今もそんなに長くは帝撃にいられない。

そんな多忙な月組隊長からの報告だというのに、
米田はにやけながら手紙を聞いていた。

にやける上司と疲労しつつも報告する部下。

米田は加山の報告が終わった事に気付くと、
手紙から目を離して月組隊長を見る。

「ああ。
 全て報告どおりに進めていてくれや」

あまりに気軽く言う米田。

こんな上司の対応に、
加山は拍子抜けしてみせる。

彼はおそらく米田指令が全く聞いていなくて、
聞き返してくるものと思っていたからだ。

「……ん?
 防御壁追加検討の件だろ?
 お前さんの見解どおり、確かに南方向が手薄になっちまうから追加してくれ」

しゃがれた声が昼間の支配人室に響く。

加山はあっけに取られていた。
米田一基はしっかりと聞いていたのだ。

しっかりと要点を抑えた返答。

平和な顔をしていても、
締める所は締めているらしい。

加山は恐縮して、
一礼する。

そして、その両手にあった資料の束をどかっと机の上に置くと、
腰を二度ほど叩いた。

相当、疲労しているらしい。
彼もまた、戦闘が無い現在では
先の戦いの残務に終われているのだ。

「……あ」

その時、なんとも、
情けない声を上げる月組隊長。

何気無い一言に、米田も手紙から目線をはずし、
加山をジロリと見る。

「どうした?」

米田がそう聞くと、加山は身を起こし、
申し訳なさそうに苦笑った。

「申し訳ありません。
 一つ、報告を忘れてました」

背筋をピンと伸ばした加山は言う。

彼の表情は、
今まで行っていた報告の時よりも、
嬉しそうである。

「花やしきの李紅蘭が光武の新型構想に着手した模様です。
 完成後の運搬は風組に任せております」

それはこの銀座支部とは違う、
花やしき支部の機械開発状況の報告だった。

「そうか……」

米田は満足そうに笑みを浮かべる。

加山が李紅蘭の名を口にした途端だった。

"李紅蘭"という名前は米田にとって、
かけがいの無い大きな存在の一つといえる。

米田は加山が置いた書類の束に手を掛け、
嬉しそうな表情で言った。

「その新造光武の報告書はいらんよ。
 今度、俺が直接見に行くから」

彼は冗談混じりに微笑み、
加山の反応を探った。

当然、加山はし方なさそうに一礼を返した。

明らかに私情を挟んだ判断だ。
本来、総司令というものは一つの場所にいて、
全てを把握していなくてはならない。

すると、本来ならばそこで指令を注意しなくてはならない立場の加山も、
笑顔で一礼した。

そして、そのまま支配人室を後にする。

「………」

音を上げて閉じるドア。

残された米田は、
書類束から一番上の紙を手にする。

ちらりと見て、すぐに戻す。
うんざりといった表情だ。

当然である。

今からさかのぼる事、約半年前。

全身の血を迸らせながら『ミカサ』を敵地に突貫させ、
帝都の敵を討ち果たした日。

その次の日から続く、
勇者たる戦いの後始末。

敵に剣を向ける事と、
机を前にペンを握る事は、
同じ帝都防衛であるのだろうが、駄目だ。

基が軍人の米田。
もう退屈で退屈で仕方ない。

残務に終われる毎日の中で、
遠い昔に霊気が抜けてしまった、この老いた体を呪う他無い。

そんな中、
米田一基が微笑む時がある。

それは彼の因子達との対面だった。
因子とは帝都の敵を討つ為に戦う乙女達の事である。

帝都防衛が本格的に始動し始めてから、
およそ六十年。

本来、ただ敵を討つという侵略的目的から生まれた『人型蒸気機関』。
それが、人々の永い思いの中で、ようやく平和のための兵器となって、もう4年。

米田が剣を振るっていた対降魔部隊は、
その変化と共に帝国華撃団となった。

そして、悪に立ち向かう者も米田達から乙女達へ。

帝都防衛の主軸を、この米田一基と考えるならば、
彼の人生は帝都防衛そのものといえる。

あの無作法すぎた自分達の戦いの末、
ようやく抵抗しうる部隊となった帝国華撃団。

そして鋼鉄に乗りこむ乙女達。

李紅蘭はその一人だった。

眼鏡で、紫髪で、三つ編みを好む彼女は、
先の戦いでも十分な実績を上げている。

それも米田達の時とは、
まったく別次元の戦い。

霊子甲冑"光武"という冷たい機械は、
降魔という怪物を薙ぎ払う。

「………」

米田一基には、
彼女らが生きているだけでも幸福に値する事だった。

彼は持っていた紙の一枚を戻すと、
椅子に大きく背も垂れた。

表情はのどかに幸せそうだ。

そして、そのまま椅子は回転し、
彼の背後にある大窓に向く。

そこからは、
とても見晴らしの良い帝都の絶景が広がっていた。

小さな家と大きな施設の立ち並ぶモダンな街並み。
蒸気を噴出しながら走る蒸気車。

そして、道行く人々。

これら全て、
彼らが守ったものである。

日本国帝都。

あまりにも罪造りな存在でありながら、
人が人として生きていける富みの都である。