帝撃の技術者
油の匂い。

薄暗い開発室。

ぶら下がった開発機器のケーブル。

ひんやり冷たい備品機器。

その中で、今日も、
鋼鉄の巨人『神武』と向かい合い、その計器をいじる。

少々、髪ののびた城田は作業服で、
その横には結局、同じ作業服の管野がいた。

窓から差しこむ光が結構いい感じで、
城田は不意に手を出す。

すると、
管野がスパナを取り出して、
差し出された手に乗せた。

ガチャガチャと作業はつつがなく続いて、
城田は気だるそうにスパナを振るい、
管野は笑顔でそれに付き合っていた。

彼女の心中はどうなのだろう。

あてつけで一緒にいるのか、
それとも、もう一度告白するために機をうかがっているのだろうか。

城田は少なくとも後者ではないと思う。
そう思わないようにしている。

そうすることで彼女は笑っていられるから。

そういう形での、相手の気持ちを受け止める方法だってあってもいいはずだ。

城田は思う。

片思いってのは『仕方のない重罪』。

城田は思う。

おそらく彼女も幸せにはなれないって。

もちろん、彼女ってのは管野日真和のことじゃない。

いつも変わり映えのしない作業着を着て、
頬にススをつけてることにも気づかないで、あどけなく笑って、
深い紫の髪を三つ編みに結わいた、
眼鏡の……地下の似合う彼女。

城田はその日、珍しく手袋をしていた。

いつもはうざったいし、汚れても別に構わないという理由から
絶対にしなかった手袋をして、
城田は額の汗を拭う。

その時、『神武』の腕関節部の指にかけられた蒸気式通信ラジオが電波を受信。

静かだった開発整備室に
通信が流れる。

『月組報告。
 敵本拠地である聖魔城に帝撃侵入。
 敵は霊子砲によって帝都破壊を宣言していましたが、
 『ミカサ』の突撃によってこれを鎮圧。
 帝撃が勝利した模様。繰り返す。帝撃が勝利した模様』

その瞬間、城田は作業の手を休めないまま、ニヤリと笑い、
管野は大きく跳ね、拳を振り上げて笑った。

本当は悪いことである。
月組の機密通信電波を傍受するなど、
厳罰どころではない。

しかし、そんなことも忘れ、
二人は喜んでいた。

続けざまに蒸気式通信ラジオが二度目の電波を受信。

『聖魔城の破棄地で『ミカサ』の残骸発見』

聞こえてきた電波は実にクリアだ。
さすがは花組整備士のエキスパート・李紅蘭お手製のキマネトロン(携帯型通信機器)。
見た目の蒸気式通信ラジオとは一味も二味も違う。

『ならびに、『神武』七機も発見。
 ……操縦士達は…無事なようです!
 繰り返します!操縦士達は全員無事ッ!!』

少々、その興奮気味な月組隊長・加山雄一の声が聞こえた途端、
二人は手にしていたそれぞれの物を天井へと投げた。

歓喜。

たった二人だが、
嬉しさはおさまらない。

天井に、ブンブンと回転するスパナと資料の紙束が舞う。

その時ばかりは管野も城田の言葉に気を止めることもない。

城田は両手を広げて、
興奮の覚め切らん限りに叫んだ。

あいつの名前を。
結局最後まで生き残ったあの少女の名を。

その手には、あの日、
その少女から受け取った手袋がしっかりと装着されていた。

小指部分が擦り切れて、
染みついた油がとれない、灰色の手袋だ。

「紅蘭…ッ、紅蘭よォ…ッ!
 まいったぜチクショーーーッ!!」

すっきりと晴れやかに、
城田は叫び、
管野も共に喜びを叫んだ。


太正一三年、
叉丹・降魔対帝国華撃団の戦いが終焉したある日のことだった。

……軒無き並ぶ聖魔城の岩肌。
崩れる戦艦『ミカサ』の残骸。
至る所がへこみ、蒸気がもれる『神武』のコクピットの中から、
彼女は壊れたハッチを蹴り破って外に身を乗り出す。

「……アハハー!……ケホッケホッ!
 なんや、えろう爆発しよったなぁ!」

わずかにヒビの入った眼鏡の下で、
李紅蘭は笑っていた。

仲間達の生存の確認と、葵叉丹の討伐と、全てのことに、
親指を突き立てて、万面の笑みで笑ってた。



:エンディング
    staff  credit

    キャスト    

    李 紅蘭     渕崎ゆり子 
    城田貫吉     堀内賢雄
    管野日真和    池澤春奈   
    
    米田一基     池田 勝  
    藤枝あやめ    折笠 愛
    神崎すみれ    富沢美知恵
    マリア=タチバナ 高乃 麗
    桐島カンナ    田中真弓
    真宮寺さくら   横山智佐
    加山雄一     子安武人
    大神一郎     陶山章央
    

    工場長      大塚明夫
    熊井氏      玄田哲章
    
    設定協力  SEGA『サクラ大戦』

    製作 多喜総感
       『サクラ大戦・李紅蘭物語』製作委員会