城田貫吉
まぶしくて、光がまぶたの上からでもまぶしくて、
その光が強化ライトであることに気付く。

けして陽の光が届かない、この地下発着所の照明がとても強いのだ。

それでも、何とか薄めで前を見る城田の目に飛び込んできたのは、
弾丸列車『轟雷号』、そして、その後列に搭載された『神武』だった。

繰り抜かれた地下空洞にそびえる鋼鉄の列車。
通常の蒸気列車の何倍もの大きさを誇る帝撃のもう一つの輸送機関。
ここがその発着所だ。

次第に、目が慣れてきて、
人の何倍もある大きさの列車『轟雷号』の鋼鉄の肌が凄く、
『神武』の破損個所が少女達の戦いの過激さが物語る。

しかし、今の城田がそれらの過激さごときでは
圧倒されることは無かった。

「整列ッ!!」

潔い声が響き渡り、
誰か達が足並みをそろえる音が聞こえる。

城田がまぶしさの中で、ゆっくり目を開くと、
そこには整列した我が花やしき支部整備班と五人が向かい合って整列していた。

五人の背後に『轟雷号』が、
そしてその五人の前に並んだ整備班の姿がある。

すでに受け渡し作業の準備は整っていたようだ。

城田が辺りを見渡す。

空気は肌寒くて、空洞奥から風が吹き抜ける。
これほどの技術を持ちながら、
この地下空洞に暖房完備はされていない。

城田は戸惑いながら、整備班の列に向かう。

城田は皆を待たせていたらしい。
それに気がついた城田は自嘲気味に彼らと立ち並ぶ。

冷たい風が頬を撫でた。

「…………」

城田は真っ直ぐに見据えた。

前の五人を。
背丈はバラバラで、黒の洋服だけは統一された四人、
そしてその真中に立つ、一人の女性を。

彼女は黒のコートで、
厚手のブーツ。
ポケットに突っ込んだ両手に、
いつもの三つ編みを解いたストレートの紫髪。

見慣れた作業服とは違って、
なるほど、こうして見ると大人の女性に見える。
とてもいつもは顔にススつけて、
機械と向かい合っている女の子には見えない。

李紅蘭。

そうだ、あれこそ李紅蘭だ。

まるで、今まで偽者にでも会っていたかのような考えをする城田は
作業を始めようと、起立した。

「『轟雷号』の到着を確認、『神武』七機の回収終了しています。
 受け渡し作業、終了です」

凛とした口調。
一切の気遅れは無い。

そう言った城田の背後で、
『轟雷号』にのびた七つのコンベアーはそれぞれ、七機の『神武』とドッキングし、
ゴウンゴウンと音を立ててコンベアーは動く。
そして、発着されていた『轟雷号』のそでに装備された格納庫に格納された。
回収終了である。

紅蘭は口元をフフッと笑わせると、
その城田の強い態度に興が乗ったように一歩前に出た。

帝撃式の挨拶をした彼女は口を開く。

「『神武』はあくまで精密機械です。
 運搬の際には細心の注意をしてください」

彼女もまた、
今朝の城田と同じマニュアル通りの台詞を言った。

それに、
城田も敬礼して返す。

「ご苦労様です」

何と、凛々しき光景か。
今朝の気だるさなど微塵も無い。

ピシャリと受け渡し作業は終了し、
警備班達は工場へと歩き去り、
紅蘭の背後にいた四名は『轟雷号』に搭乗。

二人を残し、
皆、それぞれの持ち場に帰って行った。

残された城田と紅蘭の間に、
寒い風が吹き抜ける。

紅蘭が歩き始めた。

「………」

あの時の城田の言葉、
『それは大神隊長のことか?』と聞いた紅蘭のあの泣きようだ。
おそらく、紅蘭とて城田に会いずらいはずなのに、
つかつかと歩き寄る。

二人の距離がどんどん近づいて、
城田は遠くをしかめっ面で見つめ、
紅蘭は伸ばしたストレートの前髪のせいで視線の先はよくわからなかったが、
多分、城田のことを見てはいなかったと思う。

二人の距離が手の届くくらいの距離にまで近づいた時、
城田は顔を上げ、紅蘭の顔を久々に見た。

紅蘭の足が止まる。

静かに響いていた彼女のブーツの音も消える。

紅蘭は城田から顔を背け、
城田はその紅蘭の横顔を見つめた。

城田の迷いは消える。

「久々なのに挨拶も無しかよ」

すると、
紅蘭は顔を上げ、中々にきつい表情で、
口を開いた。

「うちはもう逃げへん。
 帝撃の霊子甲冑を整備して、帝都のために生きるんや」

本心なのか、相手が城田だったからタカをくくったのか、
驚くほど強い言葉だった。

「嘘だな」

言い切る城田。

ある意味、お互いに進歩したらしい。

その時、『轟雷号』がプシューーッと蒸気を立てて発射する。

城田は驚き、振り返った。
紅蘭がまだここにいるのだ。

しかし、当の本人の紅蘭は動じない。

二人に関係なく、
発射し始める『轟雷号』。
蒸気が全ての機関に回るまでしばし時間がかかる。

焦っていた城田だったが、
その紅蘭の態度を見て、焦るのを止めた。

それよりも大切なことがあることを彼は知っている。

『轟雷号』がその重装備な体を走らせ始めると、
黙って紅蘭と城田は対峙した。

お互い、お互いの心を知っているつもり。
……あくまでつもり。

ガタンガタンと音を立ててレールを走る『轟雷号』。

なぜか残っている紅蘭と、
城田はしばらくその場から動かなかった。
不意に紅蘭から顔を背ける。

走る『轟雷号』の発するライトが二人を照らし、
風が巻き起こった。

そして、それが過ぎ去った時、城田は残された『神武』達を見上げた。
紅蘭はどこを見ているのだろう、『轟雷号』のいなくなった発着所の隅に立ち、
風にそのストレートの髪をなびかせていた。

この地下の空間に生ある者は二人だけ。
生無き鋼の巨人達がそびえているだけ。

紅蘭は不意に空しさを感じて、
立ち並ぶ『神武』のもとにツカツカと歩いて行った。

城田の横を紅蘭は過ぎ去る。

しかし、紅蘭が赤い『神武』の前に立った時、
城田は大きく口を開いた。

「お前、なんで残ったんだ」

当然の質問。

紅蘭はあまりに当然の質問だったので、
赤い『神武』の太ももの位置のハッチを開き、
それを見たまま返答する。

「うちも、この花やしきで整備すんねん。
 銀座支部より花やしき支部の方が機器がそろっとるしなぁ」

口調は先程より柔らかくはなっている。

しかし、城田は納得がいかないのか、
彼女へと歩き寄って行った。

「俺がいるんだぞ、ここは。
 いいのか?」

そう言い捨てる城田はまだ表情が硬い。

城田は紅蘭の背後に立った。

その光景は、紅蘭の見つめるモニターに映るから、
紅蘭自身にも判っていた。

しかし、あえて拒否はしない。

「………」

しかめっ面して、
紅蘭は『神武』の調整地軸をいじっていた。
黒コートのままで、靴も脱がない。

到着して、真っ先に機械の所に行く所が紅蘭らしい。

城田は不意に作業服のポケットに手をつっこみ、
タバコを取り出した。

そして、
それを口元に持っていって、
大きく息を吸いながらタバコに火をつける。

薄暗い天井を仰ぎ、
瞳はあの気だるそうなものに戻っていた。

脳裏に色んなことが思い出される。
現れては消える映像の連続がしばらく続き、
それらは徐々に真っ白となっていって、
最後は本当に静かになった。
自分でも驚くくらい、今は空っぽだ。

煙を吐き出す城田は大きく溜め息をついて、
自分に再確認した。

最後は相手を呼びかけることすら忘れる。



「……俺、お前のことが好きだわ」



その台詞だけが地下発着所に響き渡った。

それはあまりに静かだった地下発着所に落とされた一雫の水の様で、
まるで、世界中にも響くほど存在感のあるつぶやきだった。

紅蘭の手が止まる。

『神武』と向かい合い、
せわしそうに動かしていた肩の動きが止まる。

城田は言い切った自分に、
わけがわからないといった感情が涌き出てきた。

言い終わった途端に、いつもの城田の精神的弱さが出て来てしまったのである。

紅蘭は振り返った。

「……城田はん…?」

それはまるで、
数式の答えを間違った人を見るかのように、城田の顔を見た。

その時、紅蘭は城田の顔が
いつもの気だるい表情であることに気がついた。

先ほどの受け渡し作業の時のように
無理に偉そうな表情を城田はしていない。

そのことが彼女に安心感を持たせ、
大人びていた表情にあどけなさが戻った。

こちらもいつもの顔に戻る。

……いや、厳密に言うと、
多少違っていた。
それをはっきりと見る城田は目を細めて言う。

「………紅蘭…」

名前をつぶやかれた紅蘭は
自分の頬に指を添えた。

そして、それに気がついた。

……添えた指先についた何かの液体。

温かい何か。

いつもとは違う格好をした紅蘭は、
むき出しにされた機械に背を向ける彼女は、
城田の告白に泣いていた。

それも当の本人が気付かないくらい自然な勢いで。

呆ける紅蘭の頬に伝う、傷心の涙。

それは人に存在を認めてもらうという、
愛への純粋な嬉しさだったのか、
それとも大神への片思いの自分が別の形で救われそうだということに
わずかな希望を見出したからなのか。

どちらにしても不毛な涙だ。

自分の片思いには、城田の告白は何の影響も及ぼさない。
それなのに彼女は喜びを得てしまったからだ。

城田はその光景を見る。

彼の場合は彼女の反応を
待つしかなかったからだ。

紅蘭はとりあえず、涙をコートの袖で拭いて、
正直になった城田を見る。

「なんてこと言うねん…
 うち、困るわぁ…」

その表情は明かに恥かしそうだった。

そんな十七歳の懐かしい青春な、赤裸々な反応に、
城田は笑みを隠せずにはいられなかった。

「いいんだよ。別に。
 言いたかっただけだから」

本当にその通りだ。

その言葉を聞いて、紅蘭は正直、ほっとする。
そして、無理をすることを止めた彼女は本心のままに、
彼へと近づいて行った。

城田はまるで、悪い憑き物でも落ちたかのような
楽な表情で振り向き、歩き出した。

「城田はん?」

紅蘭が呼びとめる。

自分は答えを出していない。
まだ口にしていない。
気持ちを伝えてない。

そんな紅蘭に、城田は歩きながら振り向き、
振り向きながらに言った。

「今日はそんだけだ。
 『神武』の大まかな整備は俺らがやっとく。
 お前は無理すんな」

それを聞いた紅蘭は、
焦って身を乗り出す。

去って行く、城田に歩きより、
表情はあどけなく目を見開いている。

二人のブーツの音の波長がどんどん重なって、
紅蘭は城田のボロボロの手を掴んだ。

つらそうに、目を細める城田に、
紅蘭の荒れた息づかいが悩ましく聞こえる。

「……はぁ…はぁ……」

「…………」

その時、二人は久々に繋がった気がした。

「うち、人にそんなん言われたん初めてや。
 そやけどうち、答えなあかんと思うねん…ッ!」

息を切らし、興奮気味に言う紅蘭は城田の右手を離さない。

城田はしばらく何かを考えていたが、
観念して振り返った。

「………紅蘭」

その紅蘭はコートのポケットに手を突っ込む。
そして何かを探り始めた。

『あそこにもない』『こっちにもない』と言って、
もぞもぞと慣れないコートを探る紅蘭。

城田はそれを思いにふけりながら見つめた。

思えば、この十七歳の不慣れな少女に出会ってからが、
忙しい日々で飽きることもなければ、気を緩む時は無かった。

君はおそらく俺を好きにはならない。

そう覚悟して、今日この告白に至るまで、
本当に長かった。

帝都と害悪との戦いはまだまだ続くのだろうが、
そんなことは知らない。

俺は一足先に自分の戦いに決着をつけさせていただいた。

思わず、城田も涙ぐむ。

その時、紅蘭は何かをようやく発見し、
コートからボロ雑巾のようなものを取り出した。

嬉しそうにそれを手に取る紅蘭は
ずっと手にしていた城田の手の平の上にそれを乗せる。

城田がそれを見ると、
それが一体何なのか、すぐにわかった。

紅蘭は笑顔で、
城田にそれを握らせる。

あまりにも寒いのか、
吐く息は白くなっていた。

「うち、まだ人に答えられるほど何も無い。
 だからこういうのでしかできへんよ」

そう熱弁する彼女はすっかり興奮していた。

本当に若い。

城田は手にしたモノをしっかりと握る。

「……それじゃ、十年後あたりは期待していいのか?」

そう、意地悪く言う城田に、
紅蘭も笑う。

そして、紅蘭が笑っている間に、
城田は歩き出した。

もう引きとめられないために。

……理由は色々とある。
例えば、今引きとめられたら抑えきれない感情があるからとかが挙げられる。

城田の思惑通り、
その場を彼はすんなり去った。

そして、
通路を歩き去る途中、
涙の後がくっきり残る管野に悲痛な表情で見られたが、
城田は立ち止まらなかった。

その時の城田の表情はけして彼女を軽薄に見ていたのではなく、
真剣に気持ちを受け止めた者の厳しいそれになっていた。

「………」

去り際にタバコを手にして、
彼の歩く後にはわずかな白煙が残っていた。

まるで、城田が搾り出した最後の男気が具現化したかのようである。