彼の戦い
太正一三年。
突如として現れた魔獣『降魔』の飛来により、
またも帝撃の戦いは始まった。

すでにその地にいた花組隊長と帝撃隊員一名に、
他の隊員を乗せた翔鯨丸が合流。

十時三十分に戦闘開始。

しかし、それは戦闘とも呼べぬ情けない戦いだった。

帝撃の主流兵器、光武の攻撃が全く効かないのである。

帝撃内で一番の破壊力を持つ、桐島カンナ機ですら、
『降魔』の鋼の装甲を貫けない。

その時は、藤枝副指令のとっさの判断により、
翔鯨丸の集中放火によって戦いは終戦したが、
神社の境内は残骸となり、
光武は回復不能にまで破壊されていた。

紅蘭曰く、
『黒之巣会』との戦闘によって光武はボロボロであり、
限界であった。
もしかしたら、もう動かないのかもしれない。

米田は頭を抱えた。

新たな敵の襲来に、
自分の脳裏にある過去の敵を重ねて。

あれは確かに封じたはずの帝都の敵『降魔』だった。

藤枝も同じ感想を持つ。

たった二人に残された『隊降魔部隊』として、
あの降魔は忌むべき特別の存在だったのだ。

そしてそれを率いてる者が月組隊長・加山雄一によって
確認され、米田と藤枝は驚愕する事になる。

『帝都への怨念の結晶、降魔によって
 腐りきった帝都を破壊する』

そう宣言したのは敵の新たな主将、
葵叉丹。

かつては共に戦い、
降魔戦争の最中に行方不明となった隊員…山崎真之介だったのである。

このことはすぐに賢人機関にも
報告され、
色々と責任転化が行われたのだが、
米田と藤枝にとってみれば関係ない。

それよりも、
何か引き合わせられたかのような
運命的なものを感じていた。

過去の仲間が
こうして最悪の敵として現れる。

その強さと
容姿と
帝都への怨念を連れて現れた現状が、
二人にこれこそが最後の戦いだと確信させた。

帝国華撃団・花組副指令、
藤枝あやめによって『神武』の出撃が発令された。

今がまさに不測の事態であると、
彼女らは宣言したのである。

その頃、城田は再び花やしき支部に来ていた。

この間のように地下開発室ではなく、
地上にある正規の工場だ。

長方形の建物の中に、
巨大な鋼の巨人が七つ。
『神武』が実践配備されるので、
ここで微調整が行われていたのである。

「この連結部は消化材を使用していいんですか?」

黒い髪をなびかせて、
眼鏡の少女が話し掛けてくる。

天井近くの窓ガラスから差しこむ光がまぶしく、
城田は神武のバックパック部にドライバーを差し入れていた。

城田は歩き寄って来た、
その少女に振り向くと、その手にしていた資料を覗き見て、
口を開いた。

「えーっと、腕だよな。
 …こりゃ硬質材の方だ」

城田が喋ると、くわえているタバコから煙が漏れて、
少女はケホケホッと煙たがった。

城田が『あ、すまん』と
顔を背けると、少女は気を取り直して臨時現場監督に
報告した。

「……ケホッ!
 …硬質材ですね」

作業に戻る城田はうなずき、
少女はどこかへと歩いて行こうと振り返った。

彼女の名前は管野日真和。

『黒之巣会』の戦闘後、花やしき支部に研修生として配属された新人であり、
突然の敵の襲来のおかげでわずか一ヶ月で実践配備された不幸な女性である。

彼女は、面影として紅蘭に似ていた。

そのことが臨時現場監督として転属された城田にとって、
少しだけ気にかかることである。

半ばフラれた人に似ているだけに、
正直、気楽にものも頼めない。

しかも、その彼女は自分に気があるらしくて、
紅蘭から離れ、傷心を癒そうなどと考えていた城田にとっては
ある意味天国、ある意味地獄。

禁欲的な上司に憧れるタイプであるらしい。
彼女ぐらいの年齢ではよくあることだ。

城田は複雑な回路を接続しながら、
歩き去る管野の後姿を見つめ、ハッと気がついた。

「…あ、管野ォ」

「何です?」

管野がクルリと振り返ると、
黒髪がさらっと舞った。

城田は気だるそうな視線で管野に言う。

「神武の実践配備、確か昼頃だよな」

現場監督としては失格な質問に、
管野は嫌な顔一つせずに資料に目を通し、
元気良く報告した。

「翔鯨丸への搭載時間は十時。
 なので、銀座支部に『神武』を持っていくまでの時間を計算し、
 九時までに花やしきを出るのが妥当だと思います!」

健気に応える管野。

……やばい。

本当に紅蘭にそっくりだ。
元気な所も、はきはきと喋れない所も、
上目遣いにものを言う所も。

城田はくわえタバコでしかめっ面をし、
天井を仰いだ。

「……城田監督?」

管野が歩み寄る。

二人の距離が手の届くところにまで接近すると、
城田はあわてて、作業に戻る。
明かに不自然だ。

「九時までだな。
 了解、それまでに全七機の調整を終えておく」

城田がそう言うと、
管野は立ち去って行った。

最後の方に、
クスリと笑っていた気がする。

こちらの感情は全て見透かされているような気がした。

「……まったくよォ」

城田はぼやきながら、
くわえタバコをフカした。

本来ならば、禁煙な工場内なのに吸っているのは相変わらず。


──────────────………………


………午前九時。

備品輸送を専門に行う部隊・風組が
花やしき支部の工場に到着した。

工場としては最も有能な花やしき支部に任せていた『神武』を、
本拠地、銀座支部・帝撃に運搬するためである。

「『神武』七機、確かに受け取りました!」

威勢良く宣言したのは、
帝撃制服に身を包んだ高村椿である。

巨大な『神武』を積んだ、更に巨大なトラックの前に立った椿に、
城田達、花やしき支部整備班一同は工場の前に立ち並び、
敬礼する。

一応、現場監督を任されている城田は、
そんな列の真中で、一歩前に出ていた。

さすがにくわえタバコはしていないが、
表情はあくまで気だるそうだ。
もともとそういう顔なのかもしれない。

「『神武』はあくまで精密機械です。
 運搬の際には細心の注意をしてください」

マニュアルに書かれたとおりの
受け渡し言葉を、城田は口にし、
椿もそれを敬礼で返した。

辺りは飛行機などの離着陸場所なので、
コンクリートの平地が続き、風が強い。

椿の栗毛がなびく。

城田の足元を砂ぼこりが立ち上った。

凛々しく立つ城田の後姿を見つめる管野。

椿が最後に、もう一度敬礼をすると、
形式どおりに受け渡しの儀は終わり、
風組の代表である椿はトラックの方へと向いた。

城田はそれを無言で見つめている。

その時、突然椿の足取りが止まり、彼女は彼らの方に振り返った。

「あの、現場監督の城田さん」

疑問気味に呼びかけてきた椿に、
城田は自嘲気味にうなずく。

微笑んだ椿は、吹く砂ぼこりの中で
口を開いた。

「向こうに行っても『神武』に関しての手作業があります。
 もし、よろしければ私達に同行していただけるとありがたいのですが……」

不意の提案。

城田はしっかりと聞いていた。

つまり、城田にあの銀座支部に舞い戻れと言っているらしい。

吹き荒れる風の中、
しっかりと資料束を抱きかかえる管野の表情が不意に不安げになった。

おそらく、その提案は月組隊員・椿の勝手な判断ではなく、
米田や藤枝の判断であろう。

「………」

しばしの沈黙。

城田は考えていた。

自分の気持ちと紅蘭のことを。

彼女に会えば、また複雑な毎日が続く気がしたのだ。
あの警戒音が鳴った日にフラれたと受け取っている城田にしてみれば、
銀座に戻ることは後ろめたいことなのである。

紅蘭だって、
城田のいない銀座で頑張っているのだろうし。

……それに、
なんだかんだ言ったって、
この花やしき支部の環境を何気なく気に入っている。
正直、管野日真和のことも含めてだ。

城田は直立せず、
ダラリと敬礼し、口を開いた。

「遠慮いたします。
 曲りなりとも、この花やしきの現場監督を任されてますから」

凛々しく言い払った言葉は、
心にも無い。

しかし、
それをしっかりと聞いていた管野は密かに感激していた。

同じく聞き入れた椿は、
残念そうな顔をして振り返り際に言った。

「残念です」

そう言い残して、椿は巨大なトラックの足場に足をかけ、
内部に搭乗した。
エンジンのかかった車体が音を立てて振動し始める。

城田以外の花組備品整備班全員が敬礼する。

呆然としていた城田の脳裏には
『残念です』という、椿の最後の言葉が引っかかっていた。

決心した城田の意思に関係無く、
後ろ髪引かれるものがあるらしい。

だが、そんな城田の感情に関係無く、
数台のトラックは砂煙を吹き散らし、発進して行った。