決戦
太正一二年。
年の暮れ、帝都は崩壊したが、
彼女達の闘いはそれで終わったわけじゃない。

負けてなるものかと米田は言っていた。

あの夜、彼女達を乗せた翔鯨丸が蒸気演算機で発見した敵地に
乗り込み、文字通りの最後の決戦が始まったのである。

敵の名は天界僧正。

幕府を古くから支える魔人であり、
西洋文学の溢れる帝都を邪道として破壊した張本人である。

深夜、天界の駆る魔操機兵と彼女達の対峙した光景は全て
月組によって投映機にデータ転送され、
ありとあらゆる帝都の情報端末に送られた。

崩壊した帝都の住民達に、
彼女達がこうして戦っていることを届け、
希望を取り戻させるためである。

そしてそれは同時に、
彼女達を支える声援ともなりえた。

花やしき支部の地下開発室など、
それはもうすさまじい興奮状態で、
皆、手に拳を握って巨大蒸気投映機に見入っていた。

彼女達の駆る光武の動き、
一つ一つに歓声を上げ、天界のうめきに声を張り上げたのである。
整備士達とて戦いたかったのだ。
帝都を害悪から守るために、
この失われそうだった帝都を悪の良いようにさせないために。

俺達は帝都を守れる。
その時、誰もがそう思っていた。

部屋の隅の壁に
寄りかかって座る城田貫吉以外は。

彼以外の誰しもが子供の様に立ち上がり、
喉を振るわせて応援したのである。
その中心には隊員たちを見守る藤枝副指令の姿もあった。

天界の魔操機兵が乱暴に手部を振り回す。
敵の腕が白い光武の頭部の鉄板を削りながら弾こうとしたが、
白い光武は踏みとどまり、
ニ刀の武具を構える。

『俺達は……負けないッ!!!』

大神が痛みの混じる声で叫ぶと、
彼を取り巻く光武達が光を放ち始めた。

「おお!霊子水晶が
 完全に光武を支えてるッ!
 こんな数値は初めて見たぞ!!」

そう叫んだのは、
計測機といつも向かい合っていた科学者の男。

城田が不意に画面に振り向く。

紅蘭の緑の光武は、
緑の気を放って俊敏性を増していた。

「………」

まわりの興奮度についていけない城田は
その様子を見ても複雑そうだった。

機械整備士である彼にも
あの状態になった光武が
どれ程の攻撃力を持っているかがわかる。

「なんだよ…勝てそうなのか……?」

城田はフラリと立ち上がった。

投影機の光が、
彼にまぶしい。

しかし、城田は目を見開き、はっきりと見た。

赤の光武が天界の魔操機兵の背中を突き刺し、
紫の光武が足部を斬りつけ、
灰色の光武が頭部を撃つ。

そして、緑の光武が飛翔し、
バラ巻いたミサイルが、天界の魔操機兵を包み込んだ。

その時、誰しもが
画面中に包まれた煙をかっきって現れた淡い赤の光武に度肝を抜かれた。

『天界!覚悟オオッ!!』

張りの良い、甲高い叫びに呼応するかのように、
光武の刀が天界の腹へと斬りこむ。

その時、天界の魔操機兵が核融合のごとく光を放ち、
奴は絶命した。
魔操機兵もプシューと煙を上げて動かなくなる。

映像の静けさに、
地下開発室中も静かになった。

その中で、城田はフラリとまた歩き始め、
奥の部屋へと行ってしまう。
おそらく、彼はここまでで決戦の結果がどうなったのかを悟ったらしい。

映像の中で、
大神の駆る白い光武が、
天界の魔操機兵に歩み寄る。

光武独自の特徴でもあるモノアイセンサーが動き、
魔操機兵の破損個所から内部を見つめた。

『……魔操機兵沈黙、天界僧正を…倒したようすッ!!』

大神の声が沈黙だった帝都中に響き、
その時、帝都中の人間が歓喜の声を上げた。

人は喜び、泣き、そして抱き合い、
自分達の勝利を祝った。

「俺達の勝利だァーーッ!!」

景気良くそう叫んだ工場長は
二階甲板から飛び降り、下の人ごみにダイブする。

興奮しきった作業員達は被っていた帽子を投げ上げ、
落ちてきた工場長を胴上げした。

さすがに精密機械を扱う工場だから、
酒を巻くことは出来ないが、
あまりに嬉しいので油を少々散布した。

体に悪影響を与えない油である。

皆本当に楽しそうな顔をしている。

そんな光景を見つめていた藤枝は微笑みながらも、
その場を立ち去った。

彼女には次の仕事があるのである。

藤枝は扉のハッチを開いた。
蒸気が射出されて、扉が開く。

すると、そこには城田がつっ立っていた。

なんとも無表情でくわえタバコの青年に、
藤枝は気付き、帝撃式の敬礼をする。

城田も慌てて敬礼した。

「嬉しくないの?
 私達、勝ったのよ」

藤枝は当然のことを聞いた。
ただつっ立って、機械に手をかざしている城田の表情は明かに、
このめでたい時間にふさわしくない。

城田は正直、心の中で見つかってしまったことに動揺していた。
自分自身も、素直に喜べない自分がまわりの良い気分を
阻害してしまうような気がしてこの第五格納庫に逃げたわけだが、
まさかここに藤枝副指令が来るとは。

城田はくわえたタバコのことはもう気にはしなかった。

「…ちょっと、色々とありまして。
 それより出かけるんですか」

二人のいる第五格納庫は
この花やしき支部地下開発室、唯一の地上へ出る蒸気輸送機の発着場所である。

城田の見る先には、
小型の翔鯨丸のようなフォルムの輸送機がポツリと置かれていた。

「行くんでしたら、
 俺が発射の手続きしますけど」

そう言って、操作用円盤をトントンと叩く城田に、
藤枝はニガ笑う。

彼女も正直、こんな時に立ち去る自分を見られたくは無かったのである。

見られたくなかった者同士、
城田と藤枝は合意し、
藤枝は一礼して蒸気輸送機に乗り込んだ。

城田はそれを確認し、
円盤を操作する。

蒸気輸送機は蒸気を噴射して上昇し、
この地下倉庫から発射した。

「………」

見上げる城田は何気なく
操縦席の藤枝の凛々しい横顔を見上げていた。

おそらく、
帝撃・花組のもとへ行くのだろう。

城田は何となく予想する。

「………?」

その時、城田は藤枝が手を振っているのに気がついた。

そして、城田が気付いたことを察した藤枝は
城田に向かって、手首や手の平を巧に動かしている。

城田は目を見張った。

藤枝は徐々に上昇して行く。

城田はようやく、
彼女が何をしているのかに気がついた。

帝撃式、手旗信号である。

城田は虚ろな口ぶりで、彼女の伝言を読み上げた。

「あなたは……ジブンの…重…いを……貫い……て…」

彼女の真意を読み取った時、
城田は目を見開いた。

そしてそれに気付いた藤枝は
蒸気輸送機のガラス越しに城田へと手を振る。

なんと、
帝国華撃団・花組副指令、藤枝あやめから
エールを送られたのである。

なんと興奮すべき事か。

城田は驚愕し、
本当に何もかもを見透かす藤枝に精一杯に手を振り返した。

「待ってくれッ!!
 俺は…俺にはできないッ!!」

その叫びは、
藤枝の乗る蒸気輸送機にまで届いたのだろうか。

すっかり上昇しきった輸送機の腹を見上げ、
城田は膝から崩れ落ちる。

頭の中が真っ白になっていた。

壁越しに聞こえる、
仲間達の歓喜の声すらも聞こえなくなっている。

城田はそのまま、
しばらく立ち上がることが出来なかった。

『黒之巣会』との戦いが始まって約一年、
ようやく終焉の兆しを見せた彼女達の戦いは終わり、
帝都にも平和が戻る。

その時、帝都の全ては騒ぎ、
城田を取り残したまま、明るい新年を迎えようとしていた。