神武
その日、『花やしき支部』の地下開発室は
様々な技術班が一同に集まり、各々の仕事に殉じていた。。
皆、表情はどことなく暗く、その雰囲気は冷たい地下開発室内を更に重くしていた。

城田から見れば、あの夜から数週間後のことである。
『黒之巣会』との戦況は悪くなる一方であった。

彼ら花組備品整備班は突然、花やしき支部に集められた。

霊子甲冑『光武』完成後、
すぐに開発が始められていた後継機『神武』の最終起動チェックがここ、
花やしき支部で行われていたのである。

開発作業員として一任されている城田は、
帝撃・花組として、他の作業員達と共に作業にあたっていた。

そして、同じく作業服に身を包んだ李紅蘭もそこにいたのである。

彼女は現場監督のような立場で、そこにいた。
城田はまた彼女の部下A。

花やしきの開発陣といえば、元々は紅蘭の同僚であり、
彼女の指揮の元、花組と花やしき支部の合同開発クルー達は
協力し合い、円滑に作業していた。

「……よっと」

燃料の積荷を運び終えた城田が見上げると
部屋の中に並べられた七体の巨人がそびえ立っている。
自分が先日、整備していた『光武』とは蒸気動力源の大きさが明かに違い、
その全長も遥かに前例を超えていた。

これが不測の事態を予想して造られた改良型霊子甲冑『神武』。

紅蘭の提案した図面通りに再現された、その巨人達を
科学者達は見上げ、何かを打ち合わせしている。
作業員である城田からはそれらはなんら関係の無いことなのだろうが、
こうも他人行儀に進められると、
少々苛立つ。

本当はいけないのだが、今日も城田はくわえタバコだった。

「ほんならそれは、第三蒸気電圧に連結しよ」

紅蘭は、駆け寄ってきた男にそう言うと、
次に来た作業員の説明に耳を傾けている。
その間、光武の腕部の回路をいじる手を休めることは無かった。

その横顔はいつもの紅蘭であり、
先日の夜のような感じは一切無い。
ただ、ちょっと集中しすぎて笑顔は無かったが、
いつもの紅蘭だ。

城田はそれを帽子のツバの下から見上げると、
次の仕事準備のために他の開発作業員と共に細かい作業に入った。

現場監督でありながら、他の作業員達と同じように、
機械と向かい合う紅蘭。

巨体である『神武』のいたる所を作業するため、
部屋の高い位置に設置された移動式甲板の上に紅蘭はペタリと座っていた。
彼女の後ろを何人もの作業員達が忙しそうに行き交っていく。
この移動式甲板は通路としても活用されていたからだ。
その為、なかなか集中して作業を行うことが出来ない状況であるはずだったが、
紅蘭は黙々と回路をゴソゴソといじっている。

その時、行き交う人の流れから一人の女性が紅蘭の背後に立ち止まった。

「調子はどうかしら?紅蘭」

冷たい鋼鉄の部屋の中に、美しい女性の声が響く。
すると、紅蘭は作業の手を止めて振り返る。

彼女の背後に止まったのは、花組副指令・藤枝あやめだった。
万が一の場合には戦線に出ることになる兵器の最終起動チェックに
副指令の藤枝が同席しないわけにはいかなかったのである。

「ええ感じや、あやめはん」

紅蘭の言うことは本当らしく、顔に機械油をつけた彼女の満面の笑みが証拠だ。
そんな紅蘭を見て、
藤枝は安堵し、微笑む。

「そう、最近は皆の霊力も安定しているし、大丈夫そうね」

ニコリと笑いかける藤枝に、
紅蘭は照れてニガ笑うが、その反面、
不意に哀しい表情も垣間見せる。

「…でも、この神武が出る時は…」

「そうね。でも、敵の正体もわかった今、
 敵地攻略に挑むだけよ」

紅蘭のわずかな不安でさえ、
綺麗にぬぐう藤枝に紅蘭はうなづいた。

しかし、
そう言う藤枝とて、現状を甘くは見ていない。

先日の『黒之巣会』の帝撃侵入、その後に発動された敵の最終目的であった六破星降魔陣によって、
帝都は半壊的なダメージを受けていたのである。

その上、大金と帝撃総司令・米田一基の命を差し出せと
敵の総大将・天界は直々に犯行声明を上げたのだ。

何ヶ月も先に予定されていた『神武』の最終起動チェックが早まったのは、
その為である。

この地下は大してダメージを受けてはいないものの、
地上では六破星降魔陣の破壊力によって浅草は壊滅していた。
いや、浅草だけではない。
ここに集められた開発クルーの多くが、
本来の作業場支部も同じだった。

だから、
この場にいる作業員も科学者達もどことなく表情が暗いのである。
まさに予想されていた不測の状況だ。
作業を行う誰しもが複雑な心境である。

実は藤枝もこの状況を憂いていた。
現場監督の紅蘭は健気だったが、他の皆の顔には全く覇気が無い。
まるで負けをすでに認めてしまったかのようだ。

藤枝はスッと立ち上がると、
下で作業する者、甲板上で作業する者、計測室で仕事をする者を見渡して、
胸元のファスナーを下げる。

藤枝はスゥーッと大きく息を吸い、口を開いた。

「皆さん、私は帝国華撃団花組の副指令、藤枝あやめです」

凛とした声が響き渡り、
突然始まった演説に、誰もが作業の手を止め、彼女を見上げた。

へたりと座る紅蘭は目の前で、
しっかりと立ち、蒸気拡声器も無いのに部屋中に広がる声を上げる
藤枝に驚き、そして目を見張った。

藤枝は皆が自分の方を向くのをゆっくり確認してから、
にっこりと微笑んで両手を広げた。

「帝撃はまだ負けたわけではありません。
 確かに敵の戦力は増大ですが、私達にはまだあの子達がいます!」

それは単純で原始的な言葉だったが、
それ故に、作業員達の心にダイレクトに伝わる。

絶望視し、暗かった皆の表情も次第に明るくなっていった。

藤枝は紅蘭の方を向くと、
彼女に微笑む。
紅蘭がわけもわからずに不思議そうな顔をしていると、
藤枝はその汚れた皮手袋の手を白い手で握り、
彼女の身を引っ張り上げた。

「ちょ、何するんですか!あやめはん!?」

皆の前に突然、引っ張り出された紅蘭は舞台の上とはかってが違うのか、
少々顔を紅くして藤枝に言う。
藤枝はそんな腰に力の入らない紅蘭を立たせると、
再び大きく息を吸って、再び口を開いた。

「この子はまだあきらめていません。
 それと同じく、他の帝撃隊員、マリア・アイリス・さくら・カンナ・すみれも
 こことは違う場所で戦っているのです」

紅蘭の口がハッと気付いて開く。
紅蘭は藤枝のその言葉に、
藤枝の笑顔である意味を悟った。
副指令である彼女の笑顔が消えた時、
我々の笑顔もまた消えるのだと。

き然と微笑む藤枝あやめは、けして止めることをしなかった。

「この『神武』はけして彼女達の代わりに戦線配備されるのではなく、
 彼女達への力になるはずです!
 皆さん、どうか下を向かないでください。
 私達、帝撃は帝都を守れるんです!!」

言い切った藤枝の言葉に、誰かが賛同の声を上げた。
そしてその声はやがて多くの声になり、静かだった地下開発室を一変させたのである。
その時、彼女は終始笑顔だった。

それを見上げる紅蘭は藤枝を羨望の目で見つめていた。

忌むべき敵を斬ったわけでもなく、絶望を解決したわけでもなく、
人々に希望を思い出させることのできる存在。

藤枝はふうッと胸をなでおろすと、
見上げてくる紅蘭の視線に気付き、
座ってしまっていた紅蘭のもとにしゃがみこんだ。

そして、唖然と見つめている紅蘭の顔に
自らの顔を近づけて、藤枝は言う。

「忘れては駄目よ。私達は皆の期待を一心に背負う事ができる。
 そして紅蘭。あなたならそれを形にできるのよ」

最後に、藤枝は紅蘭の薄汚れた皮手袋の手を優しく握った。

「どうか忘れないで」

そう、強く言い残した藤枝は立ち上がり、立ち去って行った。

残された紅蘭はしばらく
呆然と後姿を見つめる。

そして、やがてハッと気がつき、
重そうなスパナを華麗に回して、むき出しになった神武の腕部と向き合った。
彼女を始め、この時、
多くの者が藤枝の言葉と実際に作業する紅蘭の姿に
活気付けられたのだ。

帽子のツバを掴み、
立ち去る藤枝を見上げる城田の姿が一つ。
彼もまた彼女の言葉を聞いていたのである。

「あれが帝撃の藤枝あやめか……」

見違えた。
正直、紅蘭紹介のために横にいた時とは覇気が違う。

彼女に影響されたものが
どれ程大きいものだったか、
城田にも判った。
実際、あれほど予定から遅れていた作業が
ぐんぐんと予定表に追いついていく。

そして何より、あれほど単調に作業していた紅蘭が、
笑顔でスパナを持っているのだ。
本当に藤枝あやめはすごい。
これなら、
天界とかいう敵の総大将とやらに
立ち向かう帝国華撃団の面々にこの『神武』が間に合うかもしれない。