緑の光武
本日の早朝、
李紅蘭が銀座支部に配属されて初めての出撃命令が
花組隊長・大神一郎少尉によって宣言される。

『黒之巣会』は柴公園に出現し、
その目的は東京情報機関の要・帝都タワーの破壊であると思われ、
光武五体を翔鯨丸に積み込み、帝国華撃団は出撃した。

その日は朝から、
各整備班クルー全てがその準備に追われ、
翔鯨丸発進にその大部分が集中された。
城田貫吉もその中の一人である。

彼は翔鯨丸の発進台地から翔鯨丸の飛行を見上げていた。

自分たちの飛ばせた巨大な鉄の塊。
晴天の空を悠然と行く。
以前、問題視された逆噴射も景気よく風を巻き起こし、
失敗無く翔鯨丸は芝公園に向けて向かう。

城田は汚れた作業服の体全面に荒れた風を受けながら、
仲間・紅蘭の乗る翔鯨丸を見送る。

「……おお、飛ぶもんだな」

設計、計算、製造。
全てを手作業で行った城田も
実際に飛ぶ翔鯨丸を見つめてそうつぶやく。

この分なら光武も大丈夫だろうと
城田は胸をなでおろし、胸ポケットからタバコを取り出した。
整備班である城田の仕事はここまでであった。

現在、城田は地下格納庫で一人、ぶらりと歩いている。

光武を整備するための機械を整備するのもまた整備班の仕事である。

…とはいえ、単なる計測器や注入器が故障することは稀で、
城田にとっての都合のいい言い訳になっていた。

「………」

くわえタバコの城田は
作業服で首にタオルを巻きつけ、部屋中に設置された機器を見渡した。

光武という主人がいなくなっても
整備用の機器達はうなりを上げて待機している。

油がかかっても掃除もされない連結部。
光武の命令伝達率を測るためのパイプは宙ぶらりんと垂れ下がり、
ほこりをかぶったガラスの計測表示器は暗黒が映っていた。

どれもこれも
帰って来るであろう光武を待って待機しているのだ。

そんな光景を城田は見つめる。
何を思ってか、タバコの火を壁にこすり付けて消し、
その汚れを作業服の袖で拭き取った。

城田の足は更に進む。

部屋の中に城田の特殊ブーツの音が響き、
城田が立ち止まると、彼の前のドアは蒸気を吐き出して扉を開いた。

城田はそこで立ち止まる。
けして部屋の中に侵入しようとはしない。

ただ、城田は部屋内部の上を見上げた。

「……こいつが不測の事態を予想して作られる光武後継機…『神武』」

城田は最重要軍事機密を口にする。

彼の見上げる先には
まだ製造途中の『機械』が造られていた。

吊らされる光武に似た機械のパーツ。
ぼんやり蒼い光を放つのはシリカル管に入れられた、
無数の霊子水晶の輝き。
全てがその時の為に調整され、
何もかもが秘密裏に行われていた。

この部屋に送られている電力は帝都の大部分をカバーできる程だ。

城田はそのプロジェクトにも参加していた。
こうして見ると、彼も中々に評価されいる。

しかし、そんな素性の片鱗すら見せない城田はけだるく『神武』になるであろう
機械達を見上げた。

そしてつぶやく。

「……不測の事態ってな…やっぱりあいつらが死んじまった時なのかね」

そう思うとなんだか、馬鹿々々しくなってしまった。
そしてしばらくして不安が募る。

願わくば、この兵器達の出番の無きことを願う城田は
開発クルーとして失格なのだろうか。

そんな自問自答にまどろむ城田は性に合わないと、
頭を振って悩みをかき消す。
気晴らしにトコトコと歩き、目に止まったスイッチを押す。

『大神さんッ!!』

城田の目の前に突然、蒸気投影機器が展開し、ビジョンが広がる。
驚く城田を無視するように、
現在、戦場地で行われる一部始終の映像が流れた。
どうやら月組の送ってきている映像らしく、映る黒髪の少女の映像がブレる。
これを見て総司令の米田と副指令の藤枝は正確な指令を送っておるのだろう。

そういえば、先日、藤枝あやめの正式な副指令着任の発表が整備クルー内であった。

映像では
淡い赤の光武が走りこみ、
白い光武を囲んでいた魔操機兵が一刀両断される。

突然、開いた映像スクリーンに驚いた城田も
やがてはその光景をつまらなそうに見つめた。
実践の戦闘も仮想戦闘も大して変わらないからだ。
それに城田は幼少の頃に欧州戦争を経験している。
動きの鈍い魔操機兵では、蒸気のホバークラフトで華麗に動く光武について来れるはずがない。

彼の確信通り、光武は戦闘において優勢であるらしい。

しかし、安心しきっていた城田の見る映像に、
突然、あまり見覚えの無い緑色の光武が飛びこんできた。

「な…なんだ、あの機体」

大して興味を見せなかった城田だったが、
その緑色の光武に思わず見とれた。

あんな兵器、整備した覚えが無い。

しかし、城田の直感が働き、
その緑色の光武の正体も操縦士もすぐにわかった。

「花やしき支部で調整してたって言う、緑の光武…
 あれが紅蘭の光武か……ッ!」

画面にくいいる城田の前で、
緑色の光武は蒸気ホバーで飛翔、空中にて背中のミサイルポットを展開する。

「おお……ッ!」

目を爛々とさせる城田は
各方面へと発射されるミサイルに心躍らせる。
城田では想像すら出来なかった動きをこうして紅蘭の駆る光武はやっている。

しかし、その爆発威力は低いらしく、
見た目に反して、魔操機兵達の足止め程度にしか役立っていない。

『うち、戦闘じゃいつも後方支援やし前線でも非力や』

それは本心だったのか、はたまた能天気な紅蘭の戯れなのか。
とにかく、先日の紅蘭の言葉が強く思い出される。

「ああッ!!」

うつむいていた城田の頭部を爆発音が覆い被さっていた。

嫌な予感がした城田はすぐに顔を上げたが、
すぐに画面に目を見張った。

画面内の緑色の光武は左手甲部分より煙を上げている。
恐らく魔操機兵に切りつけられたのであろう。
しかし運動機能に支障は無く、紅蘭の光武は手部を活用した攻撃方法は無い様子。
むしろ、魔操機兵に囲まれた現状の方が厳しい。

「……紅蘭ッ!!」

通信機器も無い今、届くはずも無いのに、
城田は感情高ぶり、声を上げる。

『紅蘭ッ!!』

ハチマキをした威勢のいい女が紅蘭の名を呼ぶ。
しかし、それに対して紅蘭が返した言葉は助けではなかった。

『あかんッ!うちに構ってたらタワーを壊されてまう……ッ!!
 行くんやァ!!』

健気に叫ぶ紅蘭は感動ものだが、
現状はそんな彼女達にとって余裕を口に出きるほどではない。

それを城田が一番わかっていた。

最高出力だとか、空気摩擦の振動率、感情による霊子水晶の圧力低下などなど、
ありとあらゆる光武の限界面を城田は知っているのだ。

そして、それ以上に判っているのが紅蘭であると思う。

正直、城田から見ると紅蘭が自分を犠牲にして戦っているようにすら感じた。
心配する城田の目の前で、
紅蘭の光武を囲む魔操騎兵を斬りつける紫の光武。
たしかあれは神崎すみれ嬢の光武だ。

先日、紅蘭に頼まれて操縦室内を整備した覚えがある。
その時、彼女が城田に言ったのは各機関ごとのジョイント部の回転伝達率を
上げてくれとのことだが、どうやら成功しているらしい。

『足手まといを連れてきた覚えはありませんわぁ!
 自分を犠牲にするくらいなら核反応でも起こしなさいッ!!』

そう言って魔操機兵を薙ぎ倒す紫の光武。

一時、呆然としていた紅蘭だったが、
無茶苦茶な神崎すみれの激励にキッと目を見開き、闘気を覚ます。

『蒸気の光武じゃ核反応は起きへんのやァッ!すみれはんッ!!』

紅蘭の意思に呼応するかのように、
緑色の光武はギシギシと立ち上がり、
ホバーして飛翔した。

『紅蘭!帝都タワー前の敵集団に放射だ!!』

男の声…おそらく花組隊長・大神一郎のものだろう。
城田は目を見張る。

『はいなッ!大神はんッ!!
 …エエ感じやでェェッ!!』

そうけたたましく叫ぶ彼女の光武の背中から無数のミサイルが発射され、
轟音が魔操機兵達へと突き進む。

それが魔操機兵に被弾するか否かというところで、
城田は蒸気投影機器の電源を落とした。
ブツリと画面は暗くなり、辺りに静けさが戻る。

あれが、最後の一撃。
城田はそう感じてスイッチを押した。

……だが、城田の表情はあくまでうかない。
『もしかしたら』が頭のスミに残るからだ。
それでも再び電源を入れるために手を伸ばせないのは
多分、その『もしかしたら』の光景が、
この大スクリーンに映ることが恐いからだと思う。

……とてつもなく後味が悪い。

しかし、頭を抑えた城田は振りかえり、
ふらふらと部屋の中を歩き始めた。

この頭の痛い憂鬱な状況を打破するために、
勝利を掴んだ花組と修理が必要な光武を迎える準備をしようと考えたからだ。

「……感光プラグとシリンダー管…それにチューブを用意しなくちゃ…」

誰もいない部屋の中、
誰に対して言うわけでも無く言葉をもらす城田はまどろむ。

戦闘兵器・光武と常に向かい合い、戦争を体験し、
戦闘実験プログラムまで組み上げた城田も
今、現実に行われる戦争を目にしてさすがに気分が悪くなったらしい。

城田はうなだれ、
ふらつく足取りで、何かの機器に寄りかかる。

「全くよォ…あれ位で情けねェ……」

疲れも重なり、城田は完全に寄りかかった。
その時、右手の指先に何かがあたり、機械は反応する。

ブゥゥンと動き出したそれは蒸気通信装置だった。

『うちらの勝利やッ!』

そこから聞こえてきたのは嬉しそうな紅蘭の声だった。
映像は無くとも、城田の脳裏に彼女の無事な姿が映る。

その時、城田は辛い表情のなかで、口元だけはニヤけた。

これから中破した光武達の修理で忙しくなるだろう。
定刻通りに帰れた作業時間も延びるだろうし、
その手当てはおそらく出ない。
その上、あの複雑そうな紅蘭の駆る
緑の光武も整備しなくてはならないときている。
本当に整備士泣かせな帝国華撃団。
さすが帝都防衛の要・花組。

開きっぱなしの通信装置からは
次々に女の子達の歓喜の声が聞こえる。

そろそろ目一杯の仕事を抱えた翔鯨丸が帰ってくるらしい。
それでも城田は大きく安堵の溜め息をついてニヤけていた。

まんざらでもないと彼は言う。