紅蘭機大破

紅蘭機大破
著・とち
かーん、かーん、かーん。
月の光が入らない、薄暗い地下格納庫に乾いた金属音が響いている。
一列に並んだカラフルな光武とは別に作業台には一台の光武が設置されており、
その周りをせわしなく走りまわってる少女がいる。
 「最近立て続けやからなぁ」
誰に話すというわけでもなく、少女はつぶやいた。
手にした報告書類には修理項目と修理結果が細かく記入されている、
少女は赤鉛筆で○印を書きこむ。
 「このまま続くとエライことになるで…」
小さくため息をつくと追加装甲を溶接しはじめた。
かつーん、かつーん、かつーん、
誰かが靴音を響かせて階段を降りてきたようだ。
少女は作業の手を休め、立ちあがって靴音の主を出迎える。
 「紅蘭、」
 「大神はん、こんな時間にどうしたんや?」
 「…あ、もう、こんな時間か……そんな時間に紅蘭は何やってるんだ?」
 「何って…見ての通りや」
白い戦闘服の男、「大神」と呼ばれた男は少女、「紅蘭」の隣に立った。
 「やっぱりひどいのか?」
 「そうやな、ここのところ毎日やし、部品も頼んだものが届かへんし…」
 「確かにそうだな、近頃敵の動きが活発になってきた…」
大神は近くの机の報告書類を見つけるとサッと目を通した。
 「…ひどいな」
 「そうやろ、まともな修理もできへん…」
 「…このままだと…」
 「うん、今の状況だと悪い所、追加装甲で隠してるだけや…」
 「…紅蘭の身体が壊れてしまうな…」
 「そうなんや……って、………光武の話と違うんか?」
紅蘭は顔を少し赤らめると、近くにあったワケのわからない機械をいじりまわした。
 「ん、なんだい、その機械は?」
 「あ、これか、これは印字機いう機械や」
どうやら軍の開発部、神崎重工からデータ収集の依頼がはいったらしい、
 「なんでも新霊子甲冑の開発のためにデータ収集したいらしいんや」
とりあえず、自分の光武に取りつけるつもりだった。
 「手伝えることがあったら手伝うよ」
 「あ、あぁ、えぇんや、これはウチの仕事やし」
 「でもさ、ここのところまともに寝てないだろ?」
 「まぁ、まともな修理しとるワケでもないし、あと少しで終わるから…」
大神の背中を押し階段へ押しやる、
 「大神はんも疲れてるやろ? 今日は早く寝た方がええよ」
 「そうか? じゃ、館内の見まわりに戻るか…」
 「ごくろうさま」
 「ああ、紅蘭も無理だけはすんなよ」
 「わかった」
階段をのぼっていく大神の背中が消えてから深いため息をつく
 「さて、朝までに間にあうかどうか…」

びー、びー、びー、びー、びー、
金属に囲まれた格納庫の中に、けたたましく警戒音が鳴り響ていた。
 「んぁ?」
紅蘭は書類が積み重ねられた机の下で目を覚ました。
毛布にくるまって丸くなって寝ててもこの部屋は冷える。
昨日の戦闘の後、戦闘服そのままで引き篭もった格納庫、
光武に装甲をかぶせ修理書類を書き上げた後に寝てしまったようだ。
作業台には痛々しい程につぎはぎだらけの彼女の光武が設置されたまま、
出来る限りのことはしたつもりだ。
だけど、どう考えても自分の愛機がもっともヒドイ状態…
まぁ当たり前だろう、自分の光武がいつも後回しなのだから…
少ない予算、少ない部品、少ない在庫、全てに泣かされながらも全力を尽くしてる。
仲間の分を先に修理し、自分のが最後…
愛機の修理報告書は大きなバツ印ひとつ、
 「ウチは後方から支援砲撃をしとるだけやし、すこしくらい我慢してな…」
もう既に動くような状態ではないのだ。しかし敵は待ってくれないようだ…
紅蘭は自分の愛機に優しく話しかける。
よれよれの戦闘服、所々はねた髪のまま紅蘭は作戦会議室へと急いだ。

 「すんまへん、遅うなってもうて…」
作戦会議室には既に全員が集合していた、頭を掻きながらいつもの場所に座る…
落ち着いて座っていると眠気が襲ってくる…
昨日の出撃から着たままの戦闘服、ところどころに油のしみがついている。
昨夜の格納庫の中も戦場だったことを物語っていた。

 「Zzzzzzzz…」
いつのまにか居眠りをしていたようだ。
 「…紅蘭、紅蘭っ、行くぞ。出撃だ。」
作戦会議はもう終わったのか席についているのは紅蘭だけだった。
 「どうした? 考え事でもしてたか?」
大神が顔を覗き込んでくる。
居眠りをしていたことには気づかれていないようだ。
まぁ、いつもの如く、たいした作戦は立ててないだろう。
紅蘭はそう、たかをくくると、みんなの後を追おうと立ち上がった。
頭がクラクラする。足がもつれる。
 「大丈夫か? あの後、ちゃんと寝たか?」
 「あ、う、うん、大丈夫や、ウチも、みんなの光武もっ!」
最大の不安は、自分の光武…、頭の中に嫌な予感がひろがりつつも、
紅蘭は笑って大神に答えた。
 「さっ、大神はん、元気にいこか〜」

 「帝国華撃団、参上!!」
翔鯨丸からの着地と同時に脚部損傷の警告灯が点灯する…
詳細を確認する…印字機からの吐き出された用紙は警告の文字で一杯だった…
 「い、いきなり右脚間接部損傷……やな…」
ぽつりとつぶやいてみる、
たしかに霊力が右脚に伝わって行かない、移動もままならない状況だった。
追加した装甲の重みは予想以上に負担がかかったようだ。
計算違い、失敗ならいつもの事、しかし、今回は笑って済まされる事ではない、
いつもなら全然問題のない翔鯨丸からの着地すら出来なかったのだ。
 「嘘や、あんなに何回も計算したハズなのに…」
既に他の光武は戦場に展開を始め紅蘭は着地点に取り残された…
もしもの時のため、精密部には補助的な機構を持ったものも多い、
いつもなら自動的に補助機構への移行が行われるのだが…
 「補助間接に移行…んなアホな…わ、忘れとった…」
やはり右脚に霊力は流れ込んでいかなかった…
少ない部品をやり繰りしていた昨日のことを思い出す…
大神機の間接部が損傷していたため自機の補助間接と交換していたのだ。
しかし、記憶の中では、確か中古部品を補助間接にしていたハズなのだが…
 「左脚の間接と…間違った…みたいやな…」
まだ新しい左脚間接を外し、中古部品を装着したのだ…
右脚には補助間接すらついていない…
恐らく格納庫の隅に新しい部品が転がっていることだろう…
 「なっ?!」

 「隊長っ! 紅蘭が作戦地点に到達していませんっ!」
マリアの声に大神一郎は立ち止まった…確かに予定していた行動とは違う…
 「隊長っ! 後方から敵増援部隊が…」
再びマリアの声、
 「囲まれた?」
 「いや、紅蘭機が戦線を維持していますっ。」
 「さっすが紅蘭」
花組一同、紅蘭の軽口を期待した
 「あったりまえや、もう、みんな、しっかりしぃや〜」
しかし、その声は聞こえてこない…
聞こえてきたのは激しい金属音だった。

 「左腕小破、あははは、こりゃあかんわ」
敵に囲まれ動きが取れないという状況にありながら意外と冷静な自分に驚く、
次々と攻撃され光武のあちこちが醜く歪み、金属の悲鳴が響いた。
相手の攻撃を防ごうと咄嗟に出した左腕からはシュウシュウと蒸気が噴き出し、
突き出した格好のまま動かなくなった。
 「動かれへん思って甘くみてるとケガするで…」
ぷすっ…ぷすっ…
 「た、弾、補充し忘れた…」
そうだった、仮眠取ってから弾薬補充の予定だったことを思い出す、がもう遅い…
右腕はまだ動く…どれほどの効果が期待できるか…しかしこのまま死ぬワケにもいかない…
何とか動く左脚を必死に動かす、動かない右脚が軸になり振り向く、
同時に右腕をつきだした。渾身のパンチ…のハズだった…
 「…右腕……無くなっとる……」
全然気がつかなかった…無くなってる右腕のつけ根から蒸気が噴き出している、
右腕欠落…右腕の状態を示す電球は光を失い灰色となっていた。
っと同時にまともに正面から攻撃を受ける…脚の踏ん張りが効かない…
突き飛ばされた…コクピット内の照明が赤に変わる…
今まで聞いた事もないような警告音が狭いコクピット内に響き渡る。
搭乗席のハッチが内側に歪んだ、
眼鏡にひびが入る、すさまじい衝撃に必死に耐えようとする。
せり出した鉄の壁におもいっきり身体を叩きつけられる。
 「アホかっ、女優の顔に傷つけるなっ!」
誰に言うというワケではないが強がってみる、鼻と口の中が急に熱く、そして鉄臭くなる、
 「…かはぁっ」
目の前が真っ赤になった、体中が痛む、
自分の口から血が吐き出されたのを見てさっきの冷静さ、強がりは吹き飛んだ。
…殺される……
急に恐怖が襲ってくる、体が思うように動かない、動いたとして何ができるだろう?
脱出っ? ハッチが開こうとしないっ
もう間に合わない目の前に敵の刃が見えていた…
 「大神はんっ!!」
最期だと思った、最期に最愛の人を呼んだつもりだった…。
がき〜んっ!! 鋭く甲高い金属音に紅蘭は目を閉じ身体をすくませる。
痛くない、何も衝撃を感じなかった、これが死というものなのか?
恐る恐る目をあけてみた。赤い照明がついているハズのコクピット内が何故か白く感じる、
いや、実際に目の前に白い機体が立っていた。(『かばう』コマンド……(笑))
 「全機能停止…」
印字機から最後の文字が叩きだされ、その瞬間、搭乗席は闇に閉ざされた…

 「紅蘭…?」
 「………。」
返事は無かった…
 「くっ…、消え失せろっ!!」
受け止めた刃をはじきとばし、そのまま、怒りに身を任せ突進する。
手にした刀は目標に深く突き刺さり貫通した。
鈍く金属が軋む音のあと、目の前が赤い炎と砂煙に変化した。
突如あらわれた白い機体にたじろぐ敵の人形たち…
 「うわぁぁぁぁぁっ!!!!」
頭の中が真っ白になっていた。
武器をふるうたびに爆炎があがる、しかし相手も黙ってはいない、
大神は激しい抵抗にあいつつ、自機への攻撃は全く気にしていなかった。
目の前の動く物、全てを立て続けに斬り、突き、なぎ払った。
ついさっき作戦会議室で見かけた紅蘭の姿が頭をよぎる、
なぜ、部隊の展開を急いでしまったのだろうか?
なぜ、もっと紅蘭を気遣ってやれなかったのだろうか?
なぜ、疲れているのを知っていたハズなのに、出撃を止めなかったのだろうか……
知らず知らずのうちに身体が震えだす…。
…気が付くと周りには動く物は無くなっていた…。
 「…っ、紅蘭っ!!」
思い出したようにハッチを開け、既に金属の塊とかした光武に飛び移る。
紅蘭機は原形をとどめていないほど歪み、ハッチを開けようとしてもビクともしなかった。
無理やり隙間に手を滑り込ませ力いっぱい引き開けようとする、
飛び出している金属片が腕の皮を裂き肉に食い込む、
 「紅蘭っ…」 きぃぃぃ
 「…紅蘭っ……」ぎぃぃぃ、
微かに鉄の扉が動いた…血まみれの両手両腕が歪んだ鋼鉄の扉を持ち上げる…
ところどころ血がついた大量の印字用紙が搭乗席を覆っていた、
 「……大…神はん?…」
真暗いコクピットの中から震えるような、か細い涙声がした。

 か〜ん、か〜ん、か〜ん、ぎゅいぃぃぃん、からからから…(謎)
月明かりが届かない地下格納庫に金属音が響き渡る…
出撃前以上につぎはぎだらけの紅蘭機、
様々な色の装甲が……確か、記憶が正しければ白かったハズの隊長機、
二つの光武…光武らしきものが作業台に接続されている…
今日は格納庫に二つの人影が走りまわってるようだ。
 「あのときの大神はんの顔、メッチャおもろかったわぁ(笑)」
真暗な搭乗席、開かない鋼鉄の扉、泣き叫んでも、もう誰も助けにきてくれない…
そう思っていた時に太陽の柔らかい光差し込んできた…
見上げると今にも泣き出しそうな顔をしている大神の顔が心配そうに自分を見つめていた。
いま考えてみると、おもしろい顔かもしれない…
 「それより、紅蘭なんか泣きじゃくってたくせに…」
 「(…しゃーないやんか、嬉かったんやから…、)」
大事なデータが印字された連続用紙をかき分け
大神に抱きついて泣きまくった自分の姿を思い出すと恥ずかしくてしょうがない…
 「あのときの紅蘭の顔…かわいかったなぁ…」
 「……。」
顔が真っ赤になる、悟られないように作業に没頭しているフリをする。
しゃがみこんで顔を隠しつつ作業を続ける……フリをする。
 「これは、ここにつければいいのかな?」
 「あ、えぇのに、コレはウチの仕事やし、趣味と実益を兼ねてるだけやし…」
気がつくと、大神がすぐ後ろに立っていた。耳まで赤くなるのが自分でもわかる。
今取り付けたばかりの部品を取り外したり、また、つけたり、またまた外したり…
 「ホンマ、もうえぇって…」(ガチャガチャガチャ…)
大神の手がしゃがみこんでる紅蘭の肩に置かれた。
 「もう、あんな目にあいたくないからさ、手伝うよ、少しでも休まないとな…」
 「ほな、今日だけ、その言葉に甘えさせてもらおかな♪」
肩に置かれた手は傷だらけだった。紅蘭はその手にそっと頬を乗せる。
ゆっくりと時間が流れていくような気がした…。

 「まずウチのコクピットから戦闘ログを取ってきて、その整理してもらいましょか?」 
 「了解っ(笑)」
開けっ放しの鋼鉄の扉、開いたのはいいが、こんどは閉まらないのだ。
搭乗席の中の連続用紙を手繰りよせ、丁寧に折っていく。
 「しかし、この紙、こんなのが新型の霊子甲冑の開発に役に立つのか?」
 「あったりまえや、こういうのの積み重ねが一番大事なんよ♪」
 「ケイコク、ケイコク、タマギレ、ケイコク……ゼンキノウテイシ…」
 「ま、まぁ、そういうこともあるっちゅうことやね…」
たしかに今回の残された情報は戦闘データというよりは耐久度チェックといえよう、
しかし、このデータは後々、
「神武」開発の耐久性に関する参考データとなるのであった……。

- 次回予告 -(←ほ、ホントかっ?)
「神武」開発中の花やしき支部に悪しき魔の手が忍び寄る…
偶然、参考データを運び終えたウチの前に降魔が現れたっ!
「ウチの可愛い『神武』には、指一本触れさせへんでぇ!!」
日曜の遊園地に立ち昇る爆炎!
次回、サクラ大戦、紅蘭SSっ!!
  「「「遊園地炎上」」」
太正桜に浪漫の嵐っ………もうえぇちゅうにっ!!(笑)


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