セカンドキス

セカンドキス
著・えぐりぶ
 「ぷはぁ…、なんやの今の夢は」  自室の机で突っ伏したまま居眠りをしていた智子が、顔を真っ赤にして飛び起きた。時 計は2時を回っている。はあはあと呼吸は荒く、胸を大きく上下させたまま、さっきまで 見ていた夢の内容を思い出していた。     場所には覚えがないし、どこでもいい。ソファーに座っているいる浩之の    後ろから近づき、背中越しにそっと抱きしめる。驚いて振り向く浩之に、微    笑みながら智子はゆっくりと顔を近づけていく。息が掛かるくらいまで近づ    けて、目を閉じようとした時に夢から覚めた。  思い出して更に頬が染まって、頬を両手で押える。『うち、欲求不満なんかいな』そん な事を考えながら、頬から手を離し指先で唇に触れてみる。机の中から日記を取り出し、 5月2日のページを開く。「神戸の友人から電話、外泊する」とだけ書いてある。『この 日は藤田くんの家に泊まったんやったな、そして…』  一つのベッドで夜が明けるまで話し続けた。自分の事、学校の事、友達の事、そして二 人の事。そして始めてキスした。今までに恋をしたことはあったが、それは中学の時の親 友で男女の付き合いではなかった。こちらへ来てからも、大学は神戸の方に戻るつもりで いたから、友達を作らないようにしてきた。恋人を作ろうとかは考えたこともなかった。 浩之と出会うまでは。  浩之と付き合い始めて智子は楽しかった。今までの張り詰めていた心を、浩之が解放し てくれた。素直な気持ちを浩之に見せるのも嬉しくなってきたし、心なしか顔付きも温和 になってきた。クラスの皆とも自然に話せるようになって、今は毎日が楽しい。ただ一点 だけ気になることがある。  『何でその後キスしてくれへんのやろ、好きゆうてくれたんは嘘なんかいな』指先が唇 に触れたままで、鏡を見ながらそんな事を考えていた。自然に目を閉じて、あの時の感触 を思い出すように指先に僅かに力を入る。唇が触れるか触れないかくらいの優しいキス、 智子は唇に神経を集中させた…。  『やばいで、まじな話。どない考えても欲求不満やんか』頭を抱えながら軽い自己嫌悪 に陥った。智子は机の横に置かれた鞄から小さい包み紙を取り出すと、中から細い棒状の 物を取り出した。それは一本の口紅だった。蓋を取り端の部分をつまんで捻ってみると、 中からオレンジ系のかわいい色が出てくる。塾の帰り、つい目に付いた化粧品店に入って しまった。    「オレンジのリップは若い方に良く合いますよ。これで、気になる彼の心    を独り占めできますね」    「いや、うちはそんな…」    「あ、もう彼はいるんだ。じゃ、彼氏が虜になるのは間違いなし。色が良    くあってますよ」    「そうかな…」  そのとき合わせた口紅を買ってきた。実際に付けてみようと、鏡に向かった。 『ん、うまくいかへんな』(※筆者注 一度でも口紅を使ったことがある方はご 存知だろうが口紅を塗るというのは大変難しい。田宮戦場シリーズのジオラマ塗 装くらい難しい。むら、不足、はみ出しのどれもたいへん見た目が悪い)  何回やってもうまくできない。ふき取っては塗り、またふき取っては塗る。納 得できるまで繰り返した。何回目か憶えていない。智子は鏡を見て、にっこり微 笑んだ。『ん、似合っとる。ともこ、かわいいやない。ぼちぼち寝よかね』口紅 を落とし、ベッドにもぐりこんだ。しばらくは寝付けなかったが、じわじわと眠 気が強くなってくる。まどろみながら、智子は考えていた。    『明日は2回目できるかな』                − 了 −

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