To Heart an
 〜委員長オーバードライヴ!ギフト〜

To Heart an 〜委員長オーバードライヴ!ギフト〜
著・L.H.
 日曜の昼下がり。  リビングで午後ティーを飲みつつ、ブリリアントな午後を過ごしている真っ最中のこと。 「なぁ藤田君?」  テーブルの向かいで東京ウォーカーを開いていた委員長が、突然顔を上げて訊いてきた。 「ん、なに?」 「……わたし、なんか変わったと思わへん?」  で、出たっ! 女にしか使えない必殺技その一だ。  もしこの問いに対して満足の行く答えが出せなかった場合、女は怒ってメシ抜きか、笑 いながらぶん殴ってくるかの二者択一……ってそれは委員長の場合だけかもしれないが。  とにかく、なんだか知らないがキケンな状況に立たされているのは確かだった。  そんなオレの考えをよそに、委員長はニコニコと「どう?」とでも言いたげに微笑んで いる。  なんだ、なにが変わったんだ……? 「……えーっと……」  前は、お下げの玉(??)が1.2倍(当社比)だったし、その前はお下げの先のゴム バンドの色がいつもと違っていた。となると、今回もお下げ関係である可能性が非常に高 い。  よしっ、お下げをチェックだ! 早く変化に気付け、オレ! 「……え、えーっと……」  まだ委員長はにこにこしながら、オレの返答を待っている。  推定残り1分17秒で笑顔から呆れ顔に変わって、更に20秒でメシ抜きか鉄拳制裁… …ひうあああっ、嫌だぁぁぁぁ!(特に後者)  どきどき……胸のドキドキが止まらないが、これは恋じゃない。  ああっ、混乱が始まっている! はやく、お下げの玉の数のチェックだ!  ひとつ、ふたつ、みっつ………………よし、いつもと一緒だ。じゃあ、次はゴムバンド の色……赤だ。血で染めたように赤いが、無邪気な笑顔と何故かマッチしている……など と何気に恐ろしいことを考えて、冷や汗が一筋つつーっと流れ落ちた。  どちらにせよ、お下げの玉でもゴムでも無い。とすると、お下げが鞭のようにしなって 襲いかかるとか蛇のようにゆらゆらと……なるわけないな。ああ、相当混乱してきている。  ええと、眼鏡のフレーム素材がチタンからテクネチウムに変わってるとか、500g痩 せたとか、下着が黒とか……むっ、それだっ! (SE:がばっ!) 「なっ!? なんやっ!」 「智子ぉぉぉっ! 下着見せてくれっ!」 「な、何言ってるねん! やめえっ!」 「へへっ、分かってるぞ。今日は下着が違うんだな」 「ああっ、止めてっ!」 「馬鹿だなあ、そんなことしなくたってオレは――」 (SE:ドスっ……)  ………っっ!?  …………………………  ……おっ、おっ、お”お”お”お”お”っ!?……み、鳩尾(ミゾオチ)…… 「……アホ」  顔を赤くして、委員長。オレは別の原因で顔が赤い。ていうか息が出来ない。体をくの 字に折り曲げ、顔だけは委員長を見上げる。何か懇願しているような格好だ。  何を? やはり、慈悲だろうか。 「ホントに分からへんの?」  こくこく!  呆れ顔で聞いてくる委員長に、オレはただ首を振るしかなかった。息を吸い込むと、胸 がキリキリと悲鳴を上げる。 「はぁ……ええわ。教えたる」  首を振りつつ、胸元から一本の短い筒を取り出して、オレに見せてきた。  それは口紅だった。  ……って……マテ。 「普通、すぐ分かるもんちゃうん?」  だから、まて。 「おい」  痛む胸を我慢しつつ、なんとか声を紡ぎ出す。 「今、それつけてねーだろ……?」 「…………あれ?」  言われて、指で唇を撫でて指先を確かめたりする。当然、赤色がついたりはしない。問 答無用ですっぴんだ。 「……あはは」  後ろ手で頭など掻きつつ無邪気に笑うな。 「あはは、じゃねええええっ!」 「今からつけるから、それでええやろ?」  良くない。ボディブロー喰らい損かっ!?  そんなオレを無視して、委員長はくるりと背中を向けた。口紅を付けているんだろう。  果たして、口紅を付け終わってオレの方を向き直ると…… 「どう?」  にっこりと微笑んで……って、なんじゃあそりゃあ!  ……似合ってない……っていうか、そのどぎつい且つケバケバしい事この上なきショッ キングピンクは一体何なんでしょうか? と思わず敬語になってしまうほど似合ってない。 「え、え、えーっと……」 「似合ってる?」  ……ふるふる……力無く首を振る。  もし嘘をついて『おう! 最高に似合ってるぜ!』なんて言ったせいで毎日のよぉに常 用されでもしたら、横にいるオレが恥ずかしすぎる。 「えっ、嘘や!?」 「いや……マジでダメだ」  静かにそう答えると、委員長はどこか遠くを睨み付けながら、 「……あの店員……」  等と殺意のこもりまくった声色で独りごちた。  や、やばい。始まる。  何が? 見ていりゃ分かる。 「だから最初からわたしはこっちの赤いほうがええ言うたのに『こちらのピンクのほうが きっとお似合いですよ』とか言って人の事だましよったんやなあの店員! 頭にゴキブリ じみた触角なんぞはやしよって、ホウ酸団子投げつけたろか? アぁん!?」 (SE:だむだむだむっ!)  地団駄踏みつつ、手は胸元へ。ごそごそしてから一気に引き抜くと、その手には茶色い ガラスの筒が握られていた。……丸い、来栖川先輩の顔がプリントされたシールが張られ たそれは、今や委員長が常飲する『健康ドリンク』となっていた。  ……常飲するなあああああっ! 「許さん! 許さへんでぇぇぇ! こんな時は……こんな時はっ!」 (SE:しゃき――ん! ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ……)  例によって親指だけで蓋を開け、腰に手を当てて一気!  ぎりぎりっと眉が吊り上がって、目がズンッと据わり―― 「ぷは――っ! ……上等や! チャカとダンビラ持ってこんかい! 戦争じゃあっ!」  あああああ、早くもハイパーモードに入ってる! しかも回数を重ねるごとに酷くなっ て行ってる気がするのはオレだけなのか!? 「死ぃぃぃっ!」 (SE:どたどたどたっ……がちゃっばたん!)  い、行ってしまった……  しばし、呆然とする。そして、不意に思い出した。オレは、早くこの場から逃げなくち ゃ行けない。彼女が戻ってくる前に、できるだけ遠くへ。  あたふたとジーパンのポケットに財布を詰め込み、ドアを開けると―― 「戻って来たで」 「!?」  いいいいいいいっ!?  家の前に、委員長が立っていた。両手にはそれぞれ、ボロ雑巾のようになった少女(触 角(?)付き)とベースを持った(まま焦げて(??)いる)大柄な男を、首根っこ掴ん だ状態でぶら下げている。  あ、あの数分の間にここまで……? 「さあ、赤い奴貰ってきたから、さっそく付けてみるな」 「え、えーと……」 (SE:ふぁんふぁんふぁんふぁん) 「なんか、サイレンが聞こえるんだけど……しかも四方八方からヤケクソに」 (SE:ききーっ!)  そして、数台のパトカーがオレの家の前で止まった。家の後ろのほうからも、車が止ま る音が聞こえた。いわゆる、完全包囲という奴か。脱出方法は……やはりいつものように 一点集中攻撃からの強行突破か。  妙に落ち着いて状況を分析してるオレ。  もう慣れたもんだ。ははは……  パトカーから降り立った警官が、拡声器片手に話し始める。 『あー、そこの二人! キサマらは完全に包囲されている! おとなしく人質を解放して 投降しなさい!』 『早く抜刀許可を!』 『殺せ――っ!』  ……周囲の取り巻き警官が、日本刀をがちがちと鳴らしながら騒いでいた。 『無駄な抵抗は止めておいたほうがいいぞ!』 『殺せ――っ!』 『隊長! 早くっ、早く抜刀の許可をををっ!』 「あぁ? ヘタ打ってもぉたか?」  いいんだ。慣れてるんだ。野宿とか、東北の山奥でリンゴと梨だけで何日も食いつなぐ とか、食べられる野草探して山を彷徨うとか。もう、今回もきっと…… 『あー、繰り返す。キサマらは――』 「じゃっしゃあ! やれるもんやったらやってみい!」  宣戦布告。 『むっ、反抗したな。よく言った! 総員、抜刀せよ!』 『ヒャハ〜〜ッ!』 『殺せ――っ!』 (SE:しゃきしゃきしゃきーん!)  警官隊が次々と抜刀していく……ていうかここは本当に法治国家JAPANなのか!? 「お前ら全員、まとめて掛かってきいやぁぁぁぁ!」 『チェストォォォ!』 『一閃んんん!』 「おらおらおら! この問題解いてみぃ!」 『因果ぁぁぁぁっ! 応報ぅぅぅぅぅっ!』  そして――壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。  オレは、ただそれをじっと眺めていることしかできなかった…… △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△  ……数日後。  オレ達は青森の山中を彷徨っていた…… 「ほら、りんご美味しいで。藤田君も食べてみぃや?」 (SE:しゃくしゃく……ごくっ) 「……ううっ」  何故だか――りんごの甘酸っぱさが涙腺に触れる今日この頃だった―― おしまひ

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