爆裂委員長

爆裂委員長
著・赤砂 多菜
 いつも通りの朝  いつも通りの授業  そして、いつも通りの放課後……のはずだった。 「ふ〜じたく〜ん♪」  一瞬、教室が凍りついた。  パフェの様な甘ったるい声。  いや、声そのものは別に問題ではない。問題なのは声を発した人物だ。  俺の隣では、あかりがお地蔵さんと化した。  志保は恐怖に顔をひきつらせ、明日はクラブに出れませんので…とわ ざわざ教室まで言いに来てくれた葵ちゃんは息をのんで目を丸くしていた。  雅史は表面上は平静としていたが学級日誌を書くその手が震えている 事が動揺をあらわしていた。  教室内で唯一平然としていたのはレミィのみだが、こいつの場合は世 界が崩壊してもマイペースで突っ走るであろう。  コンマ1秒の間に、疑惑と当惑の視線が教室内を走った。 ──なにがあった?!  その疑問に答えられる人間は一人もいない。 「い…いいんちょ?」  怖々と彼女に声をかけると、小さく恥じらいながら、 「いやん。智子って呼んで」 ───ツウッ  背筋を冷たい汗がながれる。  一瞬、意識が闇の中へ沈もうとしたが、背後からのせき込む声に不幸 にも我に返ってしまった。  振り返ると葵ちゃんがかがみ込んで呼吸を荒くしていた。 ──さては息をするのも、忘れてたな… 「松原さん、どうしたの? 大丈夫?」  手を差し伸べる委員長に葵ちゃんは追いつめられた子猫の様にビクッ と体を振るわせた。 ──ビビッてる、ビビッてる……無理もないか。  口を開けば、強気な関西弁が飛び出す無敵の委員長のこの豹変ぶりに 太刀打ちしろというのがむりな話だ。 「ちょっと、ちょっと、保科さん。どうしたの、一体?」  志保が無謀にも声をかける。ただ、腰がかなりひけているが。 「どうしたって?、何が?」 「何が?…て、あのね」 「私なにかおかしいかしら?」  そういって、小首をかしげる。  志保は処刑台にたつ死刑囚の様な顔で頭を抱える。徹底的におかしい、 と皆思っているだろうが、それを今の状態の委員長にいえる者はいない だろう。……普段の委員長でも無理だろうが。 「あ、あの…、保科さん?」 「なにかしら、神岸さん」  い、今、一瞬、委員長の背後にバラの花が見えたような…。げ、幻覚かっ?!  あかりはたじろぎつつも、かろうじて踏みとどまる。 ──以外と根性があるな、あかり… 「浩之ちゃんに、何か用があったんじゃないの?」 「ああっ、そうだった。」  ポン、と手を打って舌をだす。  フラッ 「な、長岡先輩。しっかりっ」  倒れそうになった志保を葵ちゃんが慌ててささえる。 ──コ、コラ。志保。一人で逝くんじゃねえっ。 「来栖川先輩に伝言を頼まれてたの」 「えっ、先輩?」 「うん、頼まれてた物は材料がまだ全部そろってないので、もう少しま ってほしいって」  そこへ、かろうじて息を吹き返した志保が、(委員長に聞こえないよ うに)口を挟んでくる。 「ヒロ、頼まれものって」 「頭のよくなる薬」 「はい?」 「い、いや」 ──た、確かに先週の頭頃に先輩にそんな薬を頼んだ覚えがあるが… ──半ば、冗談だったんだけど…  まてよ、──薬?! 「い、委員長っ」  委員長は、スッを目を細めて、 「と、も、こ」 「………」  教室中の視線が俺の体に突き刺さる。い、痛い。  ハッ、な、なんだ、志保、その外道を見るような目は。ま、雅史、な ぜあからさまに視線をそらす? あかりっ、その”捨てられた子犬の様 な目”はやめてくれぇぇぇっ。 「と、智子、先輩から薬か何かをもらわなかったか?」  満身創痍になりながら、かろうじて口にすると、 「うん、もらったわよ。」 と、あさっりと恐るべき一言を口にする。 ──やっぱりか…  再び視線が教室を走る。  その時、全員の意志は一つだった。すなわち… 「ちょ、ちょっと。ふじ──」  俺たち5人は脱兎のごとく教室から逃げ出した。  ……5人? 「ヒロユキ、どこいくのー」  げっ、レミィ?! どうやら、彼女にはアイコンタクトが通じていな かったらしい。  し、しかし、今戻れば、 「藤田く〜ん、まって〜♪」  ゆ、許せレミィ。  俺たちはまっすぐにある場所へ向かったいた。  そう、全ての発端である、オカルト研へ。 「来栖川先輩っ」  有り難いことに、先輩は部室にいた。相変わらず見るからに怪しげな 本を手にしていたが。 「せ、先輩。いいんちょ、じゃなかった、保科さんに何を飲ませたんですかっ」  先輩はしばし、思案の後ゴニョゴニョと、 「え、なに、本当の自分になれる薬? え、違う?」  先輩の説明をまとめると、何でも薬を飲んだ本人が心の奥底で、こん な風になりたいと思っている性格になれる薬なんだそうだ。 「性格というより人格が変わってる様な気もするけど──、何だってそ んな薬を飲ませて、──え、素直な性格になりたいって言ってたからっ て?…委員長が?」  う〜ん、あの委員長がねえ。意外と言えば意外だけど、強気なだけじ ゃなくて女の子らしい所もあることも知ってるからなあ。 「ちょっと、そんなことより、どうすれば元に戻せるのよ」 ──おっと、そうだった。  志保の言葉に我に返った、俺は再び先輩に質問する。 「えっ、あれは試作品だから、すぐ効果が切れる? えっ?もう切れてる頃?」  志保が脱力した様に座り込む。  志保、その気持ちよく分かるぞ。 「それじゃー、お邪魔しました。」  オカルト研を後にした俺たちは教室に向かった。 「藤田君!!」  張りのある声、向こうから廊下を駆けてくる委員長はいつも通りに見えた。 「よう、委員長。元に戻ったみたいだな。」 「はっ?。何を、訳の分からん事言ってんのっ」  どうやら、薬を飲んでいた間の事は覚えていないようだが、間違いなく元の委員長だ。 「ああっ、それどころやない。宮内さんが変なんよ」 「レミィが?」 「何か、おかしな薬を口にして、いきなり、”ワタシ、一流のハンター ヨ”なんて、叫びだして教室を飛び出して行ってん」  …………… 「そういえば、先輩。保科さんに渡した薬、一つだけなんて言ってなかったね。」  雅史、頼むから冷静に言わないでくれ。  そして、遠くから、生徒の悲鳴と激しい物音が聞こえてきた。 「やめてくれー!!!」 END

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