賭の約束

賭の約束
著・赤砂 多菜
ビシッ、バシッ、ドカッ 開始して十秒もたたない内に画面の上にあるメーターが赤色に変わった。 対する相手は殆どノーダメージ。 相手の予想外の強さに浩之の顔色が変わった。 ──じょ、冗談じゃねーぞ 相手の飛び込みをバックダッシュで逃れつつ、状況を立て直そうとする。 だが浩之の必死の健闘もむなしく、ついには彼の操る女忍者が片腕の仙人の手 に捕まれ何度も地面に叩き付けられる。 「まずは、一勝やね」 したり顔で向かい合った台から、委員長こと保科智子が顔を覗かせる。 ───なんで委員長がこんなに強いんだ? 自ら掘った墓穴に浩之は頭を抱えた。 きっかけが何だったかは、もはやはっきりとは覚えていない。 それ位下らない事だった様な気がするし、何より前日の夜更かしのせいでその 時は意識が朦朧としていたからだ。 「それやったら、ゲームで決着つけようやないかっ」 何故そうなったのかは分からないが、そう言い出したのは委員長で浩之もそれ に応じた。 寝不足でまともな判断が出来なくなっていた事もあるが、大抵のゲームなら対 志保の為の特訓で、少々手強くても倒せる自信があったからだ。 しかし、その自信は最近流行している2D対戦型ゲームで勝負が始まると脆く 崩れ去った。 ──ど、どうすりゃ近づけるんだよ 2ラウンド目から早速2,3ダメージを受けて、浩之は動揺しきっていた。 飛び込もうとすれば、跳び蹴りor飛び道具で撃墜される。 正面からは判定の強い立ちキック かといって、攻撃をやめれば飛び込みからの2択連続攻撃がくる。 「くそ」 さらにメーターを半分まで減らされた浩之は、一か八かで飛び込む。しかしど うやらそれはお見通しだったようだ。 智子の操る片手仙人の全身が光った。 「げっ」 気付いた時にはもう遅い。片手仙人の発した光の弾に女忍者が落下したかと思 うとそのままお手玉のようにはじかれてはメーターを削られてゆく。さらに2 つめ、3つめの光の弾 プラス トドメの跳び蹴りに浩之は敗北を喫した。 「いいんちょおぉぉ〜〜、ちょっとは手加減しろよ〜」 「フン、勝負の世界は非情なんや」 ゲーム台に突っ伏した浩之に智子は彼の横に立って勝ち誇る。 「なんで、こんなに強いんだよ〜〜」 「だてに塾帰りに毎日ゲーセンに通ってない。藤田君程度のにわかゲーマーに 負けるはずがないやないの」 「ひっでー」 「で、どうする?」 浩之は怪訝な顔で委員長を見る。 「どうするって?」 「もう一勝負する? もちろん、条件は同じで」 浩之はだるそうに立ち上がると、 「勝てないと分かってて誰がするか」 身振りで合図してゲーセンの外にでた。 もう外は真っ暗になっていた。 夜気がつめたい。もう10月も終わり。 「で、何にするんだ勝負の賞品」 まだ悔しそうな顔をしながら浩之が聞く。 負けた方が、勝った方の言うことを一度だけ聞く。それが勝負を始める前にし た約束。 「う〜ん、そやね」 「あ、いっとくけどな。あくまでオレの出来る範囲だからな。フルコースおご れとかテストで全教科100点とれとかそんなのはなしだからなっ」 少々焦り気味で釘を刺す浩之。 智子はつまらなそうに、 「なんや、しょうもな…」 「……て、ことは、そういうことを考えてたって事か、委員長?」 少々、引き気味で聞くと、 「ちょっと違うけど、……藤田君には出来ないやろね…」 智子の顔に一瞬だけ暗い表情が過ぎる。 だが、すぐにパッと明るくなると、 「そやったら、とりあえずヤクドでバリューおごってもらおうっか」 「…なあ、委員長。なにを言おうとしてたんだ?」 無性に気になって尋ねる浩之に、智子はごまかすように笑う。 「なんでもいいやないの」 「いや、そういわれるとよけいに聞きたくなるけど」 「…ほんとに、ええの?」 「えっ」 聞き返すと智子が足を止めた。あわせて浩之も足を止める。 「聞いても後悔せえへん?」 「…………」 伏せ気味の顔からは表情は伺えない。 「神岸さんと……もう、話さんといて…」 「委員長……」 「……な、無理やろ」 「委員長、……オレは」 「無理せんでええんよ」 智子が顔を上げて微笑む。それはどこか影のある笑みだった。 「わかってる。藤田君にとっては神岸さんは特別だってことは。たとえ、それ が恋人としてじゃなくても…な。でもな、藤田君も気付いてるんやろ。神岸さ んの気持ちには…」 浩之は反論出来なかった。 神岸あかりの気持ち。無論気付いている。恐らくかなり前から。 「それに、神岸さんもうすうす気付いてるみたいやし」 智子は”何が”とは言わなかった。言う必要もなかった。 浩之の胸にズッシリとした重さを感じた。 今年の夏休みに智子と二人で海へいった。もちろん、日帰りなんかじゃなかっ た。男女のそういった関係もあった。 あかりには旅行に行った事は話したが、誰といったかはまでは話していない。 ただ、夏休みがあけてからは今まで以上にどこに行くにも浩之に付きまとうよ うになった。特に智子のいる前では離れようとしない。 「神岸さんも必死なんやな…」 つぶやく智子に何の言葉もかけられず、浩之は呆然としていた。 「さ、しょうもない話はここまでにしよ。ほら、ヤクド行こ」 「あっ、ああ……」 智子に背を押されるようにして歩きだした。 ──数時間後 浩之はベットの中で智子の姿を思い浮かべていた。 『……な、無理やろ』 先程交わした会話がリピートしている。 「無理…か」 呟いて浩之は手の甲を顔に押しつけた。 あかりが浩之と智子の仲に気付いてる事は間違いない。だが、それを浩之自身 の口から言った事もない。言えば間違いなくあかりを傷つけるだろうから。 いつも、ひろゆきのそばにいた彼女。もし、智子と出会わなければ、あるいは ……。 「───意味がねーか…。そんな事考えても…」 すでに智子と出会ってしまっから。あかりではなく智子を選んでしまったから。 「このままで、いいわけないよな…」 無意識に手を伸ばしたとき、指先に何かが触れた。 「──?」 それはヤクドナルドのレシートだった。着替えた時にポケットから落ちたのだ ろう。 「安すぎるよな、賞品としちゃ……」 ─クシャ レシートを握りつぶして浩之は目を閉じた。 そして、再び目を開けた時には、ある決意が胸の内に出来ていた。 ──翌日 「よお、委員長」 「おはよう、保科さん」 いつも通り、先に登校していた智子に浩之とあかりが挨拶を交わす。 あかりの手はこれ見よがしに浩之の手を掴んでいる。 いつもの事とはいえ、智子の胸が痛んだ。 まだしも、憎悪の目を向けられる方がマシだ。でも、あかりの目は単に必死に なっているだけだ。浩之の意識を自分だけに向けさせようと…… こういう時、智子は自分がまるでお姫様に意地悪をする悪い魔女のように思え る。 お姫様の婚約者を横から奪った横暴な魔女。 ──それでも、 智子は心の内で呟く。 ──魔女でも、何者になっても、藤田君は、藤田君だけは譲られへん… 「よお、委員長。今日の昼ちょっといいか?」 「え、私は別にかまわへんけど」 唐突な、浩之の言葉に智子は少し戸惑った。 チラッとあかりの方を見ると、不安そうな顔で浩之を見ている。 いつもなら、彼女の目があるから学校では二人きりになるのはなるべくさける ようにしていたのだが。話があるなら、いつものゲーセンで──というのがパ ターンだったのだが。 「じゃ、図書室でまってるからな」 そういって浩之は智子の隣りにある自分の席に着いた。 ──何の話やろ 心の中で智子は首を傾げた。 ──本当は何となく予感はしていた。 図書室で智子はそれを見ても動揺していない自分に驚いていた。 意識的にだと分かる無表情で立ちつくす浩之と、静かに泣きながら震えるあか り。 「──智子」 薄々分かってはいたものの、浩之が名前で智子を呼んだときに全てを悟った。 あかりに告げてしまったのだろう。浩之と智子の関係を彼の口から……。 「藤田君……。どうして」 「賭の賞品だよ」 「!?  だってそれは……」 「安すぎるだろ? ヤックだけじゃ…」 「なんでそんな…、わたしがあんな事言ったから?」 浩之は首を振った。 「違うよ」 「それじゃ──」 「やめて」 耳を押さえてあかりが叫んだ。 「か、神岸さん」 智子が思わず近寄ろうとするとあかりは拒絶した。 「触らないで」 「──!」 あかりは一歩二歩と後ずさる。 「神岸さん。わたしは……」 「あ、あやまらないでね…。お願いだから」 「………」 あかりは涙に濡れる瞳をそっと伏せた。 「ご、ごめんね。保科さん──。わたし二人の事、祝ってあげられない。どう しても許せないから……」 さらに一歩下がる。 「ごめんなさい」 そういってきびすを返して走っていった。 「ふ、藤田君っ?!」 智子は慌てて、浩之の方を見るが、彼は微動だにしない。 「は、早く。早く追いかけて──」 「だめだ」 浩之は押し殺した声でこたえる。 「追いかけても、オレはあかりに何もいってやれない。」 そこまで、いってから首をふって 「いや、違う。たとえ、何か言えても追いかけられない」 「どうして…」 「あかりを傷つけない為に、一番大切な女の子を傷つける訳にいかないから」 「──!!」 智子は浩之の目をずっと見つめていたがふいにその胸にすがりついた。 「…アホやね」 「そうだな」 浩之は智子の両肩に手を回して、 「本当なら、もっと早くに言わなくちゃならなかったんだ。そうすれば委員長 を苦しめる事もなかったし、あかりの傷ももっと小さくて済んだかもしれない」 智子は首を小さく振った。 「わたしは苦しくなんかなかった。…藤田君がいたから。でも、神岸さんは…」 浩之が苦しそうに言葉を紡ぐ。 「あかりなら、すぐにいい奴に出会えるさ。オレなんかよりずっといい奴に…」 「…そやね、神岸さん。いい娘やから…」 智子は浩之の頬にそっと手を触れた。 そして、震える彼に肩に手を回しずっと抱いていた。 ずっと……── END

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