残夢の中

残夢の中
著・赤砂 多菜
-------------ちょ… -----------んちょ…… ん〜 誰や、もう… うるさいなあ 私は眠いねん…邪魔せんといて… 気持ちええねんから… 「委員長っ! 起きろって」 「?!、ふ、藤田君?」 ガバッっと智子は体を起こした。 回りを見渡すと、教室には智子と浩之の二人しかいなかった。 「え……と、私…寝てた?」 まだ、寝ぼけまなこで聞く智子に浩之は重々しくうなずきながら、 「しっかりと爆睡してたぞ」 慌てて時計をみてギョッとする。 「うわっ、もうこんな時間やっ」 「俺が起こさなかったら明日まで寝てたんじゃないか?。まあ、授業中じゃな く放課後に寝るのが委員長らしいが」 「うるさいなあ、期末テストが近いから夜遅くまで勉強してたんやないかっ。 そう言う藤田君は勉強してるん?。もう、テストまで一週間やで。」 「あいにく、俺は貴重な睡眠時間を削ってまで勉強はしない主義なの」 「胸はって言いなや」 智子はため息をついてカバンを手にした。 教室を出ようとして、ふと気になった。 「ところで、なんで藤田君がまだ教室におるの?」 「ああ」 浩之はなんとなく照れくさそうに、 「あかりをまってるんだ」 「……神岸さんを?」 「なんでも今日、図書室に新しい動物図鑑が入るってんで一番のりで借りるそ うだ。……他に借りる奴がいるとは思えんが…」 「……ひょっとして、その図鑑ってクマ------」 「いうな…」 沈痛な表情でこめかみを押さえる浩之。 と、同時に教室の戸ががらっと開く。 「おまたせ〜、浩之ちゃん」 片手に分厚い本をもってあかりが教室に入ってきた。 ふと、智子の方をみて首をかしげる。 「あれ、保科さん。まだ、いたの?」 「いま、起きたところだ」 すかさずの浩之の補足に、智子は横目で浩之をジロッと睨む。 「それじゃ、お二人さん。私は先に帰るから」 「さよなら、保科さん」 「おう、また明日な」 二人の声を背に智子は教室を出た。 「よおっ、委員長」 「藤田君?」 塾の帰り。いつものごとく、ゲーセンで遊んでいた時だった。 「あいかわらず、いいケリしてるな。でも、店の人にメーワクだから直した方 がいいと思うぞ。その筐体を蹴る癖は」 「うっ。い、いや…。つい、反射的に……」 智子は顔を真っ赤にしながら、もう一撃加えようとしたレーシングゲームの筐 体からパッと離れる。 「今日も塾の帰りか?」 「そうでもなかったら、こんな所におれへんて。藤田君は?」 「…………」 一瞬、浩之が口ごもった。 「どないしたん? 藤田君」 「えっ、い、いや。別に暇つぶしに来ただけだよ」 智子は浩之の片手に紙袋があるのに気付いて、意地の悪い表情でウンウンと頷 きながら、 「そーか、そーか。神岸さんのバースデープレゼントを選んでたのか。こんな 時間までかかるとは、よっぽど慎重に選んでてんなあ」 「なっ?!」 浩之は硬直した。 「なんで、そんなっ。第一、なんで委員長があかりの誕生日を----」 「隣りのクラスに歩く東スポがおるの忘れたん?」 「……し、志保の奴…」 殺意の波動に目覚めそうな浩之の背を、智子はバシンッと力いっぱい叩く。 「いや〜お二人さん、ホンマにお熱いことで」 「委員長。俺に何か恨みでも? もの凄く痛かったが。それに、なんか台詞に オヤヂが入ってるような------」 ゲシッ!!! 「すいません。もう二度といいません」 「よしっ」 ケリの入った太股を押さえつつ謝る浩之。 「さて、アホはほっといてもう一ゲームするか…」 近くの筐体にコインを入れた。 「お〜い、委員長」 「……藤田…君?」 大学からの帰りすがら、懐かしい声に足を止めた。 「随分と久しぶりだな」 高校を卒業して以来、3年振りの再会だった。 背が伸びた。外見が逞しくなった。でも、浩之の纏う雰囲気は高校の頃とは変 わってはいなかった。 「うん、久しぶり。でも、いまだに委員長はないやろ」 浩之は頭を掻いて、 「そうは言ってもな〜、結局高校三年間ずっと委員長やってたんだろ。悪いけ ど委員長は委員長としか思えないな…」 「……まあ、ええけどね…」 「学校の方はどうだ、たしか神戸の方は蹴ったんだろ」 「う〜ん。まあね」 智子は曖昧に微笑む。 元々は神戸に帰る為の猛勉強だったが、向こうに住む親友だった二人と仲がこ じれて帰りづらくなり、結局は世間では2流と言われる自宅近所の大学に入った。 「それじゃ、分かんねえだろっ」 「別に、たいした事はない。ただ、毎日が退屈なだけや」 「退屈って、時間が有り余ってる花の大学生様がなに言ってやがる」 「そういう藤田君も大学生やなかった?」 「ああ、そっか委員長は知らないか」 「?」 浩之はあさっての方を見ながら、 「俺、大学中退したんだ。今は貧乏な社会人さ」 「中退って、なんで?」 浩之はだまって左手をあげた。 薬指に鈍い光を放つもの… 「ふ、藤田君?!」 「まあ、こういう訳だ」 「もしかして、神岸さんとっ?」 「ああ、まだ式はあげてないけどな」 智子は一度大きく深呼吸をしてから言った。 「おめでとうっ、藤田君」 「サンキュー、委員長。------げっ」 「?。どうしたん、藤田君?」 「わ、わりぃ、委員長。俺、得意先と待ち合わせしてたんだ。また今度な」 大慌てで駆け出してゆく浩之に、智子は一瞬唖然としたが次の瞬間プッと吹き 出して去りゆく背に声をかけた。 「式の日取りがきまったら、招待状おくってや〜」 「おうっ!」 浩之が右手をあげて応えた。 --------こ… ------もこ… 「……ウ…ン」 目を覚ますと見覚えのある天井を智子はボーを見つめていた。 「…えっと」 ------ここはどこや… まるで、記憶喪失に陥ったかのようなに頭がはっきりしない。 随分と長いあいだ眠っていたようだが… ガチャッ ドアが前触れなしに開いた。 「お、随分顔色が良くなったな」 入って来た人物をみて智子は仰天した。 「な、なんで藤田君がここにおるんっ?!」 智子の叫びに浩之は呆れ顔で 「なにをいってるんだ。風邪と寝過ぎで頭がぼけたのか」 「へ?」 落ち着いて考えてみる。 ここは……そうだっ、私の部屋だ。 そして……藤田君…… いや、浩之は私の最愛の人…… そうだった。 私たちは高校3年頃から付き合い始めて、そして半年位前から同居してるんだった… 「まったく、ただでさえ準備で忙しいのに風邪で倒れてくれるなよ…」 「不可抗力やろ…」 「どれ、熱は?」 浩之は智子の額に手をあてた。 「すっかり、さがったみたいだな。ま、今日一日は大人しくしてろ。ここで無 理をして結婚式当日にぶっ倒れても困るしな」 浩之がタオルで智子の身体の汗をふき取る間、彼女は口をとざしていたがふいに 「……なあ」 「ん?」 浩之が手を止めた。 「私で……よかったん?」 「………」 「高校の時、私がしつこく浩之につきまとったから、あの人は------」 ------自分から身を引いてしまったけど… と智子は続けようとした。 ”あの人”が誰かは言うまでもなかった。 だが、その言葉は口にすることが出来なかった。 浩之が口にさせなかった。 「俺に必要だったのは智子だった。だから選んだんだ。もし、あかりが必要だ ったのなら、たとえ身を引こうが何をしようがあいつを選んだよ」 「……ごめん」 浩之は身を起こしていた智子に身体を再びベットに寝かした。 「さ、大人しく寝てろ」 「………うん」 浩之は部屋をでようとして思い出したように 「あ、招待状。全員分出し終わったからな」 「…神岸さん、来てくれるかな?」 「いらない心配するなよ。来てくれるさ、絶対」 「うん、そうやね」 浩之はでていった。 智子の意識に睡魔が襲って来た。 彼女は眠りにつく。 そして、再び夢の中へ… ------「よお、委員長」 END

戻る