Image

Image
著・とち


薄暗くなってきた公園に、もう人影はなかった、
わたしはあてもなく公園を歩いていた。
静かな公園、
アスファルトを何かが叩く音が聞こえてくる……。
……雨や……。
少し前に藤田くんと同じ時間を過ごした、この公園、
藤田くん、きっとここを通ってくれると思うから……、
数日前まで、こんなわたしがいるということ、
わたしも知らなかった……
……ちがう、本当は知ってたのかもしれない……
たぶん、きっと……

  ・
  ・
  ・

騒がしい休み時間、ちなみに、わたしの席周辺は特に騒がしい。
 「ヒロッ! あんた、あれで勝ったと思ってたら大間違いよっ!!」
わたしのとなりの席……。藤田くんの席。となりのクラスの長岡さんが何やら騒いでる。
まぁ、気にはしてない、気にしてたってしゃあない。いつものコトや…。
いつものコト、うん、いつものコト。
……しっかし、よう毎時間、こうやって騒げるもんやな。
はなしの内容は稚拙なコトのよう、
幼稚な話やから、逆にこうやって何回も騒げるんやろな。
 「ちょっと、聞いてる? ヒロっ!!」
また長岡さんの甲高い声が教室中に響き渡る。
まったく、そろそろえぇかげんにして欲しいもんやな…。
いや、こんなん、いつものコトや、
気にしたってしゃあないんや。そや、しゃあない。
 「あ…、ごめんね、保科さん。……。もう、ちょっと騒ぎ過ぎだよ、志保ぉ。」
……、わたし、いやな顔しとった?
多分そうなんやな、きっと、………。
いや、しゃあない思っていても、顔には正直に出るもんなんやな、
本当の気持ちって……。
……、違う……、嫌とか、うるさいとか、わたし、そんなん思ってなかった。
わたし、どう思ってたんやろ?
でも、なんか、神岸さんの言葉で、かえって教室にいるにいられなった気がする。
居づらい……。
これじゃあ、わたしが、大したコトやないのに腹を立ててるみたいやないの……。
別にわたしは、休み時間くらい、ゆっくり好きなコトしててえぇと思うし、
もちろん、神岸さんがそういうつもりで言ったワケやないくらい、わたしにもわかる。
わたしが神岸さんの立場やったら、同じこと言うやろな、
そやけど、いまのわたしにとって、その声の掛けられ方は、なんだかようわからんけど、……つらかった。

あまりのつらさに、わたしは席を立った。椅子の音が思った以上に教室に広がった。
事情を知らないクラスの連中もそれに気がついたようや、
どうせ、また、わたしが悪いように言われる、見られる、
これも、いつものことや……。そう、いつものこと……。
それに、事情を知らないいうても、当事者であるわたしでさえ、
ほんとは別にここにいてもいいのに、それでもここから立ち去りたい、…矛盾した気持ちなんや、
きっと、誰一人、そんなわたしの気持ちなんかわかる奴は……、
ま、いないやろな……。

クラス中の視線がわたしに集まっているのを感じながら、
わたしはそのまま教室を出た。
なぜかわからないまま、戸をピシャリと勢いよく閉めてしまう。
まるで、『うるさい奴』(ら)に腹を立てて出ていったような、
別にしなくてもいい演技……。
もちろん、廊下に出ても同じ、
教室にいた連中と同じように廊下にいた奴らの視線がわたしに刺さる。
それを無視して歩き始めるわたし、
どこかに行こうとも考えていなかったし、
行くあてなんかもない、
すこし廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられる、
 「なんか、悪かったな」
藤田くん…。
わたしは怒ってないフリをして怒っている、そんな自分を演じながら歩き続けてた。
 「どこまでついてくるつもりや?」
冷たい口調で尋ねる。
これも、多分、必要のない、意味のないこと……。
だけど、しゃあないやん、わたしにはこうすることしかできないんやから……。
 「うーん、どこへでも、だと駄目か?」
 「ここ、女子トイレやで……」
別にトイレに行こうとしてたワケやない、
たまたまそこにトイレがあっただけ、なにも藤田くんから逃げることもない、
それなのに、わたしは行きたくもないトイレに入っていく、
トイレの入り口で他のクラスの子らとすれ違う、
わたしを避けるように、その通り道を譲ってくれる、
わたし、この子らに、どんなふうに思われてるんやろ?
いや、この子らだけやない、
クラスの連中、
神岸さん、
長岡さん、
そして、藤田くん、
藤田くんに、わたしは、どう思われてるんやろ?
いまも、こうやって冷たくしてみせるわたしのことを、
藤田くんはどう思ってるんやろ?
ふと、今、歩いてきた廊下を頭を掻きながら教室へと戻る藤田くんに目をやる。
思っていたより高い背、
思っていたより広い背中、
……。そんなつまらんこと考えてもしゃあない……、
用も無いトイレへと入っていく、一番奥が空いているようや、
何気なしにそこに入っていく、
……やっと一人になれた。すこし、肩から力が抜けたような気がする。
ゆっくりとトイレの個室の壁に寄りかかる。
下品ないたずらさえなければ、
一人になれるここは、学校の中ではいい部類に入るところなのかもしれない。
腕時計を見る、休み時間はあと5分、あと5分も、こうやって、一人でいられる。
決して静かとはいえない休み時間の女子トイレ、
それでも自分を取り戻せるような気がする。
自分を取り戻せる? 
本当の自分、
いったいどんな自分なんやろ?

 「ダメだよ、志保、保科さん勉強してるんだから…」
 「そぉんなコト言っても、いまは休み時間でしょぉ?」
外から神岸さんと長岡さんの声がしてくる。
わたしがここに入ってるコトはもちろん知らない、
 「せっかくの休み時間なんだから、保科さんも休んだらいいじゃない?」
 「そ、そうかもしれないけど…」
そやな、たしかに休み時間くらい休んだらええんや、
別にわたしだってずっと勉強したいワケやない、
でも、ここにはわたしの居場所はない、
神戸の大学に入ったら、神戸に帰れる、それだけや、
ん、いやいや、それだけやない、
別に誰かとつるむ理由もなければ、群れたいとも思わへんし、
そやけど、ぼけっとして、ずっとあの席にいれるか?
ぼけっと、あの席にいたとして、
となりの藤田くんの机の周りには、あんたらがいて、
それで、わたし、ずっと、ずっと、あそこにいて、
会話に混ざる事も出来ないで、ぼけっとしていられるか?
いられへんやろ? ふつう……。
 「保科さん、きっと、目指してる大学とかあるんだよ。」
 「ふ〜ん、やっぱり頭がいい人は違うわね〜」
 「きっとだよ、たぶんだけど…、だからね」
 「あたしなんか、これから先、どぉなることやら」
頭のいい人は違う、か…。
 「ほ〜んと、あかりや保科さんが羨ましい」
 「保科さんと一緒にしたら、保科さんに悪いよぉ」
 「あたしも保科さんまでいかないとしても、あかりや雅史くらいの頭があったらな〜」
羨ましい、羨ましいんか、
わたしは、……長岡さんが、うらやましいような……。
ちがう、ちがうっ、そんなんやない、
 「…ね、ちょっと、あかり、あんたさっきから保科さんにずいぶん気ぃ使ってるんじゃない?」
 「え?」
 「なんか弱みでも握られてるとか……(笑)」
 「ちがうよぉ、」
そんなに気にしたコトはないけど、神岸さん、もともとああいう人なんや…。きっと、
まわりに気ぃばっかりつかって、自分のコトはどうなんやろ、
……藤田くんとは、どうなんやろ、
って、わたしがそんなコトまで気にしてても……しゃあない……んやろか?
……わたしは藤田くんのコト、どう思ってるんやろ?
 「じゃ、どうしてよっ」
 「う〜ん、保科さんって、すごいでしょ?」
 「うん、まぁ、そりゃ、頭いいし、あたしとなんか雲泥の差って感じよね、」
 「…成績がいいとかだけじゃなくて、」
 「え? 他にも、なんか特技とかあるの?」
 「そうじゃなくて、だって、クラスの委員長だって、やりたくてやってるワケじゃないでしょ。」
ま、そうやな、
 「みんなが困らないように、クラスの仕事もきちんとしてるし、」
クラスのためにっちゅうワケでもないけど、
 「なんか、なんでも自分でやっちゃうというか、……う〜ん、強いなぁって……思って、」
強い…、わたし、強いんかな?
 「そうよね、強そうだもんね、う〜ん、落ち込んでる姿なんか想像できないし、」
 「うん、」
 「あかりなんか、いっつも気にしてるとか、心配してるっていうの似合うけどさ、」
 「え?」
 「ひろゆきちゃん、だいじょーぶ? とか、似合う似合うっ!! 世話焼き女房とぐーたら亭主っ」
なんか、いま、胸が痛かった、なんで?
 「志保ぉ、それ、ひどいよぉ〜(苦笑)」
神岸さんと長岡さん、そんな話をしながらトイレから出て行ったようやな、
……そっか、わたし、強いんやな、きっと……、
ん、そろそろ休み時間、おわる頃やな、
トイレの個室から出る、
ちかくに知ってる生徒がいないコトを確認しながら、…なんで、こんなん気にしてるんやろ?
トイレから出て教室にむかう、少し前をあるく神岸さんと長岡さん、
すこし距離を開けてそれに続く、
気にするコトも無いのかもしれへん、たぶん、
二人とも教室の前で立ち止まった、一言二言、なにやら話をしてるみたいや、
すこし教室に入りづらいな、……後ろの入り口から入ろか……。
二人を追い抜く、
 「あ、保科さん、さっきは、その、ごめんね、」
神岸さんが声をかけてくれる、別に気にしてないのに、そんな気にしなくてもええのに、
 「別に……」
わたしは、なんとか一言、そう言うと、後ろの入り口へと足早に歩く、
なんて嫌な奴なんやろ、わたし、
思ったコト、ちゃんと言ったらええのに、なんで、わたしって、こうなんやろ?
あ、チャイムが鳴った。
 「あ、じゃね、あかりっ」
長岡さんが走り出す。手を振って見送る神岸さん、
わたしも中学の時は、こんなこともあったと思う……。中学の時……か……。
 「保科さん、せんせー来ちゃうよ」
 「そ、そやな」
神岸さんの声にはっと我にかえる、
昔は昔、いまはいま、そんなん気にしてたって、しゃあない……。
あ、前の授業の教科書とノート出しっぱなしやった、
自分の席について、急いで片付ける、
 「委員長、おかえりっ」
藤田くん……、ただいまって言えたら、言えたらきっと……。
でも、無視してしまう……。
 「めずらしいよな、委員長がぎりぎりで戻ってくるのって、」
やっぱり無視してしまう。
 「ふああぁぁ、また昼寝の時間だな〜、あ〜腹減った、はやく昼休みになんね〜かな〜」
 「……また居眠りするんか?」
やっと一言、やっと出てきた、でも冷たいような、そんな声で……。
……自分でも嫌になってくる……
 「オレが寝てたらさみしいか?」
思ってもみなかったその言葉に、おもわず藤田くんの方を見てしまう…。目があった……。
 「あ、アホかっ!」
何故か顔が熱い、
 「た、たまには勉強しっ!! アホになるでっ!」
思いっきり言い訳、どんどん顔が熱くなっていくのがわかる……。どうしたらええの?
 「お、いちおー心配してくれてんだ。」
なんで顔が赤くなるんや、わたしが好きなのは、あいつのはずなのに、
なんで? なんで?
 「(がらっ)」
先生が教室に入ってきた、なんて答えればいいのか、わからないまま、
わたしの心のなかで、助かったという気持ちと、残念な気持ちが交差した……。
なんで? ……どうしたらええの? わたし、ほんとうに強いんかな?
  
  ・
  ・
  ・

いつもの(ひとりの)帰り道、塾の時間にはまだ余裕がある。
だからといって学校に残っててもやることないし……、
少し早いけど、塾へと向かう…。
 「はぁ、はぁ、い、委員長、一緒に帰るか?」
息を切らして走ってくる藤田くん、
別にそこまでして追いつこうとしなくても……。
まぁ、一緒に帰るいうても、藤田くんが勝手にわたしに話し掛けてくるだけやし、
別に気にしてへんし、……たぶん、……きっと、
わたしは普通に、普段と同じように歩いて塾へとむかう、
ひとりで一生懸命、わたしに話し掛けてくる藤田くん、
なんか胸が痛いのは、なんでなんやろ?
 「なぁ、委員長!!」
いつもより大きな声で呼びかけられる、
 「せめてさ、嫌だったら、嫌とか言ってくれよ、委員長の気持ちっていうかさ、」
藤田くん、立ち止まって、ちょっといつもと違う雰囲気、
すごく胸が痛い、なんなんや、これ……。
 「あ、あのな、ほな、わたしの話、聞いてくれる?」
自分でも信じられないけど、わたしの口から、そんな声が出てきた。
 「神戸の友達でな、なんでもできる女の子がいるんや…」
 「ふ〜ん、んで?」
 「その子な、そんなに強くないんや、」
 「強くない? って?」
 「なんでもできるっていうのは、他人から見たイメージで……、」
胸が締め付けられる……。
 「で、その子は、どうしたいんだ?」
 「ど、どうしたらええんやろ、わたしにも、どうしたらええんか、さっぱり……」
 「オレはさ、その人は本当は強いとは思わないけどな」
藤田くん、真剣な顔で言ってくれる、
 「強いって思われてるから、自分も強くなろうとしてるだけだと思う。」
神戸の友達、そんなん嘘や、これ、わたしや、
 「自分でも気づきかけてると思うんだ。」
神戸の友達なんて知らん赤の他人や、なのに、なんで藤田くん、そんな真剣なんや?
 「周りに強いって思われて、だから自分も強くなろうっと思い込んで……。」
なんか胸がすごく痛くて、苦しくて、
わたし、どうしてこんなこと、藤田くんに話してるんやろ?
 「……簡単には素直にはなれないと思うけど、でも自分の気持ちを言わないとな…」
マジメに考えてくれる藤田くん、
わたしが頭の中で作り上げた神戸の友達に、すこし嫉妬してしまう。
ん、なんで、わたし、そんなんに……嫉妬してるんやろ?
 「……なぁ、委員長、それって、本当は自分のコトだろ?」
気づかれた……
そうや、これ、わたしのことや……。
胸が痛い…でも、さっきまでとは違う痛み、
切ないような、でも、苦しいような……、
また顔が熱くなってくる、さっき……授業中のあの時より、もっと、
こんどは先生が来るんて助けはこない、
腕時計を見て、急いでいるフリをする、
まだ塾の時間までは余裕がある、急ぐ必要はない、
だけど、だけど、胸が苦しい、
 「ふ、藤田くん、わたし、塾の時間やから、」
言い訳……、言い訳なのはわかってる、
なんで藤田くんに言い訳しないといけないのか、しなくてもいい言い訳、なのに……。
 「そっか、……間に合うか?」
 「だ、だいじょうぶやっ」
嘘の理由でその場を急いで離れるわたし、
 (「……簡単には素直にはなれないと思うけど、でも自分の気持ちを言わないとな…」)
藤田くんの声が胸に突き刺さる……。
素直……、いまのわたしは、素直やない……んやろか?
自分の気持ち、いま、わたしの気持ちってどうなんやろ?
誰もいない塾の教室へと駆け込むわたし、
肩で息をしながら、近くの椅子に腰をかける、
わたしが好きなのは、あいつのはずなのに……。
わたしはがんばって神戸に帰りたいはずなのに……。
藤田くんは、なんで、それを邪魔するんや……。
ちがう、藤田くんが邪魔してるんやない…。だったら、何が邪魔してるんや……。
そうや、神岸さんや長岡さんが言うように、わたしは強いハズなんや、
きっと、たぶん、強いハズなんや………。

  ・
  ・
  ・

ちょっと前まで、そう思ってた、
わたしは強い……って、
雨の中、こうやって藤田くんを待つわたしなんて、想像もつかなかった。
なにかが音を立てて崩れていく……。
公園の街灯が何度かちらついて、そして灯が入る、
それでも暗い、雨の公園、人ひとり通ることもない静かな雨の中で、このまま崩れ去ってほしい……、……。
……わたしは、何を失って、何が欲しいんだろう……。
思い浮かんでくるのは、少し前に見た、
思っていたより高い背、
そして、思っていたより広い背中、
なんでやろ、壊れていく何かの中で、唯一残ったこの気持ち……
最初に思い浮かんだのは、藤田くんだった……
……たぶん、これが、本当のわたしの気持ちなんや、きっと……、
でも、藤田くんが、ここに走ってきてくれるなら、
……その時まで、その時まででいいから、わたしは、強いままでいたいと思った……。

戻る