BLUE

BLUE
著・赤砂 多菜
 カタッ  弁当箱の蓋を閉め私は何をするでもなく金網越しに視線を向ける。  屋上に吹く風は心地よく、ふぅ と我知らずため息が漏れた。  こうして、屋上で昼御飯を食べるようになったのはいつからやろ・・・  まだ、この学校に来たばかりの頃は教室で食べてたのに。  いつの間にか弁当の味も分からへんようになった。  何を食べてもおいしく思えへん・・・ただ、空腹を満たすだけに食べる。  眼下に見下ろす町並み。いつもここへ来る度に違和感を感じてる。  私はここの人間とちゃうんやって・・。 「はよ帰りたいなぁ・・」 「よぉ、委員長。どうしたんだ、ホームシックか?」 「っ?!」  ぎょっとして私は振り向いた。  背後にはいつの間にか藤田君がたっていた。 ―――聞かれた?! 「失礼やなぁっ! 独り言に聞き耳立てるなんて」 「声かけようと思ったら聞こえただけだ。別に聞き耳なんてたてちゃい ねーよ。だいたいさっきからここにいたのに気づかなかった委員長がう かつなんじゃねーか?」 「・・・・・さっきからっていつから?」 「2,3分前」  ・・・・き、気づかんかった。  背後霊か、あんたはっ! 「よっこいしょっと」  じじむさい台詞をいいながら、あたり前のように背後霊が私の横に腰 をおろす。  そして、沈黙。  しばらくして、藤田君が不思議そうに 「どうしたんだ委員長。今日はあっちいってとか、迷惑やとか言わない のか?」  ・・・・何をいけしゃあしゃあと・・・・  すでに断ろうが嫌な顔をしようが彼の厚い面の皮を貫けないと知って いる私はもはや何も言う気がない。  以前、   『あんたに動く気がないんやったら私がどっかいくわ』  ・・・と言って別の場所に移動した事もあったが、私の行く先々につ いて回り、いい加減うっとうしくなって図書室で身を隠すと、今度は大 声で私の名前を呼ぶ始末。そして、私がそれでも出てこないとなると今 度は放送室を占拠して・・・・・その後の事は思いだしたくもない。  あの後、2週間位は廊下で人にすれ違う度にクスクスという忍び笑い が聞こえていた。  ・・・・・よりにもよって、校内放送で『ちゃん』付けで呼ぶかっ!!  一応、【ささやか】な報復はしておいたけど、こりた風には見えな・・・ 「・・どこが【ささやか】な報復なんだ。委員長に蹴られたとこ、丸一 週間は痣が残ってたぞ」 「ひ、人の思考を読むなぁぁぁっ!! エスパーか、あんたはっ」 「いやぁ、実は最近、琴音ちゃんに弟子入りしてんだよ」 「・・・・・まぢ?」  藤田君はやけにシリアスな顔で 「嘘に決まってんだろ、・・・・と・も・こ・ちゃん」  ・・・・・・・・・  ・・・・・・  ・・・  私の蹴りを警戒して身構えていた藤田君は、私が沈黙を保ったままな のを不気味そうにみて、 「ど、どうしたんだ? 委員長? お〜い?」  私はもう数秒黙って、ぼそりと一言 「こっから、突き落としたろか?」 「い、委員長。目がマヂなんですけど・・・」 「・・・・・・・・・」  ガシッ 「だぁぁぁっ、や、やめろって。冗談抜きで危ないっ。い、委員長っ! オ、オレが悪かった。謝るっ。だから、その手を離してくれぇっ!!」  (半ば本気で)泣きわめく。  寛大な私は無論許してやった。ただし、足を思いっきり踏んづけてや ったけど・・  彼は涙目で足をさすりながら、 「ひでぇな。委員長」 「ふん、自業自得や。・・・それにしても、毎日毎日昼休みの度に屋上 まで来てご苦労なことやな」 「それはもう愛しの・・・・、いや、なんでもないです」  戯言を一睨みで黙らせる。  それから、なんとなく沈黙が流れた。 「・・・・なぁ、藤田君」 「ん? なんだ、委員長?」 「前にも聞いたと思うけど、なんで私にかまうん? あれ以来、あいつ らもちょっかいをかけてこうへんし・・・・。特に藤田君が気にかける 理由もないやろ?」  あいつらというのは、事ある度に私に文句をつけ影でいらん事してた 三人組の女の事。でも、彼のおせっかいのせいで最近はぜんぜん関わっ てこうへん。時々、距離をとって睨んでくるけど・・。ま、そんな事は 気にもならへんけど。  私の言葉に、藤田君は眉をひそめ 「だったら、なんでいまだにこんな所で昼を食ってんだよ?」 「なんでって・・・・、別に理由はあらへんよ。元からこっちで食べる ほうが落ち着くからやで。別にあいつらがいらんちょっかいかけてくる 前からここで食べててんで」  ・・・・理由がないというのは少し嘘になる。ホントはクラスの空気 に馴染めなかったから。自分が異端だという事を思い知らされるから。 「藤田君、質問に答えてへんで」  私が追求すると、彼は頭をかいて困った顔をする。 「・・・・そういわれても、特に理由なんかないんだけどな」 「だったら、私の事つけまわさんといてくれる?」 「また、それかよ」  彼は嘆息して頭を抱える。 「神岸さんも・・・・・、気にするんちゃうの?」  その言葉を口にした瞬間、息が詰まった気がした。彼女の名を口にす る度にそんな風になる。なんでやろ? 「え?」  もう、藤田君はさっきまでの表情に戻ってる。  ・・・でも、今一瞬だけ・・・・チラッとだけしか見えなかったけど・・・  凄く・・・・・傷ついているように見えた・・ 「あかりは・・・関係ねぇよ・・・・」  それだけ言って彼は口をつぐんだ。  ・・・・・神岸さんとケンカでもしたんかな?  そんな事をふと思った。  藤田君と神岸さんは幼なじみと聞いてたけど、でもみんなはイコール 恋人同士だと思っている。私は幼なじみだからとか、そんな単純に考え てないけど、でもそれが間違いなんて思われへん。なんでかって、神岸 さんの藤田君を見る目。それは単なる幼なじみを見る目じゃなかったから。  ツキッ  そこまで考えて、ふと胸が痛んだ。  ・・・・?  なぜかは、考えても分からんかった。    キーンコーン カーンコーン  そんなこんなで昼休みの終了のチャイムが鳴った。 「じゃあ帰るか」  あたり前のように私を促す。  ・・・・あんたが仕切るなっ! □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■  ガヤガヤ・・・・  今日一日の授業が終わり教室の生徒の表情に開放感が浮かぶ。  たぶん、みんなこれから部活の事とか何をして遊ぶかとか考えていると思う。  でも私はこの後も塾で勉強・・・  自分で選んだ事とはいえ、最近とみに疲れを感じる。  なんか、嫌やな・・・・  私はマイナス思考を振り払い、帰り支度をして教室を出た。  ところが下駄箱のあたりにさしかかった時、 「よぉ、委員長」  ・・・・・でたな、妖怪 「誰が妖怪だよ」 「だから、人の思考を読むなぁぁ」  ぜえぜえと肩で息をする私。  塾の前にいらんエネルギーを消費してしまった・・・ 「だって、委員長って考えてる事が顔にすぐでるから・・・・」  ・・・・・え? 「嘘・・・」 「え? 嘘って・・・なんで?」  藤田君が怪訝な顔で聞き返す。  顔に出る?!   そんなに表情豊かな女なん? この私が・・・・  言いたい事がいっぱいあった。  でも、なぜかそれを口にする事が出来んかった。  結局、後ろをついて来る藤田君をそのままに私は校門まで来た。 「・・・・あ」  ふいに漏れ聞こえた微かな声に私は足を止めた。  そこにいたのは神岸さんやった。  彼女は私を見てた。  ・・・違う。  私は振り返らなかった。  なぜなら、彼女は私の後ろを見てた。  今の藤田君の顔を見たらアカンと思ったから・・・ 「あかり・・・・」  藤田君の乾いた声。  神岸さんは捨てられた子犬のような目をこちらに・・・藤田君に向けている。  ・・・だけど、すぐに目を伏せると、 「あ、・・・」  背を向けて駆け出していった。  私は思わず引き留めようとしていた自分に気づいた。  ・・・引き留めて何を言うつもりやったん?  違うっ、それ以前になんで神岸さんが逃げるんっ?!  そこでハッと藤田君の事を思い出した。 「な、なにしてるん? 追いかけなっ―――」 「・・・いいんだよ」 「いいって何がっ?! 詳しい理由はわからへんけど、神岸さんの様子 普通やなかったよっ?」  ・・・私は振り向いた事を後悔した。  分かっていたはずなのに・・・・  辛そうな表情。普段の気楽そうな態度の彼からは想像もつかない程。  ズキッと胸が痛んだ。  こんな彼を私は見たくなかった。  1分近くの沈黙。  だけど、私には永遠にも等しい位に長く感じた。  空気がとても重い・・・ 「いいん・・・智子」 「・・なに?」  藤田君が私を名前で呼んだ。  私は怒らなかった。嫌な顔もせえへんかった。  ・・・・ただ、少しだけ胸が高鳴った。 「ちょっと時間あるか?」 「ん、塾が始まるまで少しやけど余裕があるよ」  私は藤田君の誘いを拒まなかった。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■  小さな公園。そのベンチに私はいた。 「コーラとファンタグレープとどっちがいい?」  そういって藤田君は私に缶ジュースを差し出した。 「ファンタ」 「ほらよっ」  軽く放ったアルミ缶を私は空中でキャッチした。 「ちょっと、吹き出したらどうすんのっ」 「なんだよ。ちょっと位こぼれてもいいだろ? セコイな・・」 「そんな問題やないやろ。第一制服が汚れるやない」  私は缶ジュースのプルトップを開けた。  プシッ  ・・・あ、やっぱり少しこぼれた。  それからも、しばらく二人して缶ジュースに口をつけるだけで黙った ままだった。  いい加減らちがあかんので私から切り出そうとした時、 「・・・なあ、委員長。恋人ってなんだと思う?」 「・・・な、なんやぁ?! いきなり変な質問して・・」 「悪い」  藤田君が顔を伏せて、低く笑った。何となく自嘲の笑いに思えた。  恋人か・・・・ 「・・・そやなぁ」  私は頭をかいた。  正直なところ私は恋愛関係の事はようわからへん。  ・・・神戸にいた親友二人が想いあっていた事にすら気付かへんかっ た位やから。  ずっと、そばにいたにもかかわらず・・・  情けない話やね・・・・、私が間におらへんかったら二人はもっと・・・  いや、そんな事はどうでもええ。ホンマはどうでもええことちゃうけ ど今はそれよりも大切な事がある。  軽率な答えを返す訳にはいかない。  藤田君の横顔。苦い笑顔。見てしまったらそんな事でけへん。  ここで答えをはぐらかす訳にはいかない。  だって、藤田君は今まぎれもなく本音で聞いているんやから。 「・・・やっぱり、何よりも大切な人の事じゃないかな、ありきたりやけど・・・」  考えてもそんな答えしか浮かばなかった。今まで誰も異性を好きにな った事がないんやから、当たり前かも知れへんけど・・・ 「そっか・・・・、そう・・・なんだろうな・・・・」  独り言のようにポツンと漏らす。  彼は地面を見ている。でも、彼の目に映っているのはそれだけやろうか? 「・・・・なぁ」  これは聞いてはいけない事かも知れへんかった。  心のどこかで警告が鳴っている。  やめろ、やめろって・・・・  でも、聞きたかった。どうしても・・・・ 「神岸さんとなんかあったん?」  藤田君はしばらく黙ってたけど、やがてぽつりぽつりと話始めた。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 「あかりぃ」  背後からの呼び声に彼女はふと足を止めた。 「志保・・・・・」  はぁはぁ言いながら下り坂を駆け降りて来た志保があかりの前で立ち 止まって呼吸を整える。 「なによぉ、また一人? ヒロは」  志保の問いにあかりは少し影のある笑みを浮かべるだけだった。 「・・・たくもうっ」  志保は舌打ちして、半眼になる。 「何考えてんのよ、あいつ。毎度毎度、あかりを一人で帰らすなんて・・・」 「そんなこと・・・・、私が一緒だと浩之ちゃんが嫌がるもの・・・」 「何いってんの。そんな事ないわよ。あいつは単に照れてるだけよ。も っと、自分に自信を持ちなさいよっ」  志保は笑ってあかりの背を軽く叩いた。  中学時代からずっと二人を見てきた志保にとって、二人がいつか結ば れる事があたり前になっていた。それは自分が浩之に抱いていた思いを 躊躇なく切り捨てる事が出来る位に確信していた。  ここ最近、二人が一緒にいる姿を見かけないので気になって声をかけ たのだが、あかりと浩之がすれ違う事など想像すらしていない。  だが、その志保に対してあかりは・・・ 「違うよ・・・・、浩之ちゃんは私の事なんてなんとも思ってないよ」 「・・・・・あかり?」  沈んだ声・・・  そう思った志保はすぐにその印象をうち消した。  その声に含まれた想いはそんなかわいいものではなかったから。  絶望と諦め・・・・ 「・・・・どうしたの? あかり? なんかあんた変よ?!」  志保はあかりの肩を掴んだ。 「何かあったの?」  彼女の問いにあかりは微かに首を振った。 「何もないよ、志保」  あかりはにっこりと笑った。  志保の目にはこの上なく乾いた笑顔に見えた。 「何もなかったんだよ。初めから・・・」 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 「できなかったんだよ・・・」 「は?」  私は間の抜けた声を上げた。  意味が分からなかった訳やない。  それまでの話の流れから、薄々意味は理解出来た・・・が、  あまりの言葉に頭の中が真っ白になって何も考えられなくなっただけ・・  そして、次の瞬間自分でも顔が真っ赤になるのを感じた。 「それって、もしかして、そのあの・・・・」 「・・・あぁ、たたなかったんだ」  私は二の句を告げれなかった。  いかにその方面に鈍いと自認している私でも、それが何を意味するの か理解出来た。  ・・・理解は出来たが・・・  えぇぇいっ  年頃の娘にどない反応しろいうんよぉぉぉ!  心の中で絶叫する私とは対象的に藤田君はどんよりと暗雲を漂わせている。  ・・・あぅ 「・・・ま、まあ、そのなんや。初心者なんやし、そんな事も・・まあ、あるて」  ・・・・言うに事かいて何を言うてんねやろ、私。  私のフォローしてんのか混ぜっかえしてんのか分からん台詞に藤田君 は静かに首を振った。 「・・・違うんだよ」 「違う?」 「ああっ」  ・・・? 「何が違うんよ? もしかして初心者やなくてテクニシャンやとかいう つもりやないやろね?」  瞬間、世界が凍りついた。 「・・・聞かなかった事にしてやるよ、委員長」 「ありがと・・・・」  自己嫌悪のあまり崩壊しそうになる自我を辛うじて保つ。  ・・・言うんやなかった。 「緊張してたのは事実だけどよ。でも、そんなんじゃなかったんだよ」 「神岸さんの事を好きじゃなかった?」 「それも違う・・・・」  ペシッ  藤田君が握りつぶしたアルミ缶の音が響く。 「あいつが大切だ。本当に大切なんだ。ウソじゃねぇっ」  ・・・たぶん、血を吐くような声ってこんなんを言うんやろな・・  苦しそうに・・・、藤田君が息を吐いた。  私は黙って続きを待った。そうする事しか出来なかった。 「でも、違ったんだ。あいつが・・・あかりが好きだ。大切だ。でも、 それだけだ。それだけ・・・。あの時に気付いちまった。オレはあかり を女として見てなかった。家族のように、妹のようにしか見てなかったんだっ!」  片手で顔を押さえて呻く。  あるいは泣いていたのかも知れない。  でも、私にはそれは分からない。だって、私は藤田君の顔が見れなかったから。  ズキッ、ズキッ  心臓が鼓動を刻むつど痛みがはしる。  これ以上聞くのは危険だと、心の中の誰かが叫ぶ。  だけど・・・、私はあえて無視した。 「・・・なあ、それいつの話なん?」 「修学旅行の少し前・・・・」 「もう、2ヶ月も前の話やない」  ・・確かにその頃から、藤田君と神岸さんが一緒にいる光景を見かけ なくなった。  でも、同じクラスの私にはそんな風には感じなかった。 「修学旅行前後位はそれでもまだ以前に近い関係でいられたんだ」 「・・・・・」 「結局、あれはオレが緊張してたんだって、そんな風に決めつけてな」 「じゃあ・・・・」 「でもな、ある日あかりがオレに聞いたんだよ」   『ねえ、私の事・・・・どう思ってるの?』 「どう見ても思いつきを言ってる顔じゃなかった。・・・・たぶん、あ いつも薄々は気付いていたんだろうな」  力無く下がる両肩。伏せた顔。  ・・・彼は誰? 私は知らない人間を見ている気がした・・ 「・・・委員長?」  気付いたら私は藤田君の前に立って、彼の頭を抱きしめていた。  彼は一瞬だけピクッと震えたけど、でも黙って私にされるがままになった。 「・・・オレはどうするべきなんだろうな」  ・・・私は藤田君・・・・この人に何を言うべきなんやろか? 「ごめん、私には何も言えない」 「・・・・そうだな、委員長に聞くのはずりぃよな」  私の胸で彼が微かに笑うのを感じた。 「なぁ」 「ん?」 「もうしばらく、このままでいいか?」 「・・・ええよ。もうしばらく・・・」  ずっと、沈黙が公園を支配していた。  その間、私の頭には塾の事も、神岸さんの事も、さっきの話も何もなかった。  ただ、藤田君の温もりだけがあった。  ・・・こんな事は・・・こんな気持ちは初めて・・やな・・・ 「・・・どうして」 「え?」  私の唐突な問いかけに藤田君が怪訝な声を上げる。 「どうして、私にそんな事話したん?」 「・・・なぜなんだろうな・・・」  答えをはぐらかされたかと思ったけど、続きがあった。 「あいつとギクシャクし始めて、ずっと悩んで何も考えられなくなって、 でも・・・その時なぜか委員長の怒った顔だけが浮かんだんだ」 「・・・・・・・」 「その時、委員長の事しか思いつかなかった。それ以外考えられなかった」  つかみ所のない答え。 「・・・そっか」  でも、私はなぜか頷いていた。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■  ・・・あの日から、  藤田君の告白を聞いてから1ヶ月が過ぎた・・・  藤田君と神岸さんの関係は変わっていないみたい・・・  少なくとも学校では、変わらず一緒にいる所を見かけへん。  二人は家が隣同士やって話やけど、そんな事藤田君に聞かれへん。  私には、どうしても・・・・  変わった事もある。  藤田君が学校では私に付きまとわんようになった。  ・・・代わりに学校から帰る時はたいてい一緒や。  塾が終わった後も時々会っている・・・・  一度、長岡さんにひっぱたかれた。  泥棒ネコって、言われた。  その時は怒りのあまり目の前が真っ白になって・・・でも、次の瞬間  言葉をなくした。  長岡さん・・・泣いてた・・・・・・    『なんで・・・・、なんであんたなのよ。・・あかりは、あかり はずっとヒロの事・・・・』  私は何も言えなかった。 「勘違いや、私と藤田君とは何もあらへん」  そう言えたら、どんなに良かったか・・・  でも、それを口にしたら私は嘘をつく事になる。  この時にはとうに自分の気持ちに気付いてしまっていたから。  藤田君を想うこの気持ちに・・・ □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 「よぉ」 「・・・なにやってんの?」  私が聞いたら藤田君は笑っていった。 「敵討ち」  そういってクレーンゲームに100円を入れる。  塾の帰り。いつものようにゲーセンに入ると案の定、クレーンゲーム で遊んでいた藤田君を見つけた。 「誰の敵討ちやっ」 「もちろん、委員長だよ」  フッ  私はこれ見よがしに笑った。 「な、なんだよ。人がわざわざ・・・・」  皆まで言わせず、鞄からクマのぬいぐるみをとりだす。 「あっ!?」  慌てて彼は筐体の中と私の手のぬいぐるみを見比べる。 「あいにく、たかがクレーンゲームでやられっぱなしでいるような、ア ホちゃうねん」 「・・・なんか、オレに対してアホと言ってるような気がするけど気のせいか?」 「さあ、・・・あれぇ? 藤田君、さっきからがんばっている割には一 つも取れてないようやけど?」  私が勝ち誇ると、彼はすわった目で 「そこまで言われちゃ男がすたる。勝負しろっ、委員長っ!!」 「望むところやっ!!」  こうして、毎度のごとく藤田君との対決が始まった。     そして、しばらく2時間後・・・  結局、結果は引き分けに終わった。 「はぁ、なんやまた遅なってしもたなぁ」  隣を歩く藤田君に声をかけたが、どうやら彼は完全に気力を使い果た して屍と化してるようや。・・・情けなぁ。  とぼとぼと無言で私たちは歩いてた。  やがて、公園にさしかかる。  ここは、あの告白を聞いた公園や。 「ちょ、ちょっとなんや?!」  いきなり藤田君がもたれかかってきた。  さては、歩く気力までなくしたか?! 「ちょう離れてや」  そういって、彼の肩に手をかけ力を込めた。  ふいに彼と目があった。  ・・・・真剣な目・・・・いや、もっと言えば怖い目やった。 「ふ、藤田・・・君?」  彼の両手が私の肩にまわった。  体を離そうとしても、それを許してくれない。 「な、なんや、何をふざけてるんや。さっさと放し・・・」  それ以上、言えなかった。唇をふさがれたから。  彼の両手に力がこもる。痛い位に・・・  もう、私は抵抗してなかった。しても無駄だったろうけど、出来なかった。  頭の中でいろんな事が次々浮かんでそして消えた。  私からも手をまわそうとして、頭に浮かんだ映像に心が一瞬で冷えた。  ・・・神岸さん  彼女の泣き顔だった。 「・・・・嫌っ」  ?!  気がついたら、藤田君を突き飛ばしていた。  不意を付かれたらしく、あっさりと私を離して尻餅を付いた。  驚きと不信の目で私を見てる。 「あ・・・」  一歩、後ずさる。  何かが堰を切ったように私の心を満たす。  強い深い黒色の感情。 「ご、ごめん」  それだけを残して・・・・私は駆け出していた。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■  コンコン。 「智子・・・、いい?」 「ごめん、母さん。今は一人にしといて」  ベッドの枕に顔を押しつけたまま私は答えた。  枕の布が微かに滲んでいる。私の涙で、  なんで・・・、なんであんな事に・・・ 「・・・まったく、帰るなり部屋に閉じこもってこの子は・・・」  部屋の外からあきれたような声が聞こえた。 「いつまで、部屋の前におるんよ。さっさとあっちいってえや」 「はいはい、分かりました。でも、その前に重要な話があるの」 「・・・・? なに?」  ・・・なんやろ、重要って・・・ 「喜びなさいな。前からの、あんたの希望がかなったんよ」  次の母さんの言葉を聞いて、あたしは足下にぽっかりと大きな穴が空 いた気がした。  そして、その時、私は確かに暗い喜びを抱いていた。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 「――――おい、待てよっ」  引き留める声を無視して私はさっさと学校を出た。  まるで、少し前の神岸さんと藤田君みたいやな・・・  自分の姿に苦笑する。  あの時から、私と藤田君は一緒にいる事がなくなった。  ・・・より正確に言えば私が彼を避けてるんやけど・・・  あたしは駆け足だった歩調を、ようやく緩める。  後ろを振り返っても藤田君の姿は見えない。  ・・・両足が重い。  引きずるように、あの公園へ・・・  ベンチに腰を降ろしてある一点を見つめる。  私が藤田君を突き飛ばした場所。  あれから、私と藤田君の間に壁が出来た。  壁と言うより通行禁止の標識やろな・・・  でも、休みの時間はともかく授業中は同じクラスやねんから、それも 隣の席やから嫌でも一緒や。  ・・・正直、針のムシロや。  でも、後少しや。後三日で楽になれるんや。こんな想いからも解放さ れるんや・・・  ・・・やっぱり、藤田君に言うべきやろか?  よぎった考えを、次の瞬間には振り払っていた。  何を言うつもりなん?  自分で分かってる。卑怯な事をしてるって・・・  でも・・・・、  神岸さんの顔が思い浮かんだ。  今日、彼女と廊下で目があった。でも、すぐに目をそらされた。  でも、目をそらすまでの一瞬にも彼女の想い、彼女の痛みを読みとれた。  そして、その原因の一端を握っているのは間違いなく私。  神岸さんはずっと藤田君と共にいたんや。  なのに、私が・・・  ?!  ふいに地面がかげった。  私が後ろを振り返る前に私の腕が捕まれた。 「捕まえたぞ、智子」  そこには、怖い顔をした藤田君がいた。 「は、離してぇや、痛いやろ」  振りほどこうとして、でも藤田君はそれを許してくれなかった。 「だめだ、離したらまた逃げるだろっ」 「・・・・・・」  私は彼から目をそらした。  図星だったから。  後、もう少し。後たった三日なのに・・・・ 「なあ、どうしたんだよ。なんでオレをさけるんだ?」 「理由なんかないわっ、あんたが嫌になっただけやっ」  半ばやけになって私が叫ぶ。 「・・・智子。なんで目をそらすんだ。オレを見ろよ。オレを見ていってみろよ」  ・・・そんなん、無理や。だって私は・・・ 「――――?! ふ、藤田君っ、やめて」  強引にキスされそうになって、私は暴れた。けど、力で藤田君にかな うわけない。  諦めかけたその時、突然藤田君の動きが固まった。 「・・・・?」  私が顔を上げると藤田君がある一点を見てる。  私もそちらの方をみて固まった。  ・・・神岸さん!! 「・・・・・あ」  神岸さんは何か言おうとして口を開け、結局何も言えずただ肩を振るわせた。  なんでここにおるん?! もしかして、藤田君をつけたんっ?!  胸の奥でわき上がる黒い感情。  あの藤田君を突き飛ばした時に感じたものと同じ。  あの時は分からなかったけど、今なら分かる。これは罪悪感。神岸さ んに対しての・・・  そして、神岸さんはクルリと背を向け駆け出した。 「ま、待ってっ」  呼び止めてなにを言うつもりだったのか。  それは自分でもわからへん。  でも・・・私は神岸さんの後を追っていた。  すぐ後ろから藤田君も来てる。  神岸さんは公園を飛び出し道路へ。  ・・・・・!!  信号! 赤!! 「神岸さんっ!! 危ないっ!!!!!」  そう私が叫んだのと、車のブレーキの音が動じだった。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ コンコン・・・ 「はい・・」  ガチャ  あかりがノックに返事をするとドアが開いた。 「浩之ちゃん・・・」  浩之はお見舞いの花をベッドの脇の机にそっと置いた。 「体・・・大丈夫か?」  あかりはベッドに体を横たえたまま、浩之の方と反対の方へ寝返りを うち、彼に背を向けた。 「うん、奇跡的な軽傷だって、お医者さんが言ってた。来週には学校に 戻れるって」 「・・・・そっか」 「何しに来たの?」  あかりが乾いた声でいった。 「私の所じゃなく保科さんの所へ行ったら?」 「あいつはもういないよ・・・・」 「え?」  あかりは浩之に背を向けたまま怪訝な声を上げる。 「・・・・神戸に帰っちまった」 「・・・ウソ」  浩之はギュッと両手を握りしめる。 「ウソじゃねえさ。何週間も前に決まった事だったんだってさ。でも、 オレは何も聞いちゃいなかった。知った時にはもういない・・・。いな かったんだ・・・」 「・・・・・・・」 「悪かった。お前に聞かせる話でもなかったな・・・」  浩之はあかりの髪に手を振れた。あかりの体がビクッと震えた。  浩之の手は2,3度、頭をなでると離れた。 「今日はこれで帰る。・・・・・たいした事なくて、ホントに良かった」  そう言って、ドアに手をかけたその時。 「ねぇ、それでいいの?」 「・・・・何が?」 「保科さんの事」 「・・・・・仕方ねぇだろ」 「その仕方のない程度の事にあたしは・・・・」 「あかり・・・・」  あかりが体を起こした。そして、浩之の顔を見た。まっすぐ。  その瞳に涙がたまっている。 「分かってる。本当は保科さんじゃなくても、誰であっても関係ない。 私と浩之ちゃんじゃダメなんだって事。でも、浩之ちゃんがそんなんじ ゃ私が諦めきれないじゃないっ」 「・・・・・・悪い、あかり」  そういって、浩之はほんの微かに笑った。 「ありがとな・・・・」  パタンッ  そして、浩之が出ていった。  入れ違いに志保が入ってくる。  あかりは志保に抱きついて、ただ何も言わずに泣いた。 「・・・偉かったね」  志保もその一言だけで後は言葉もなく彼女の肩を抱いた。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■  つまらんなぁ・・・  ふぅ  ため息とともに私は空を仰いだ。  今の私の心境とは対照的に何処までも澄んだ青色の空。  学校帰り。まだ転校して間もないので一緒に帰る相手もおらへん。だ から、特にやることもないんでまっすぐ家に帰る。  なんでやろなぁ・・・・あんなに帰りたかったのに、いざ帰ってみる とこんなに味気ないもんやったかなぁと考えてしまう。  あいたかった親友二人とも会っていない。  私が神戸に帰ってるんは知ってるはずやけど・・・、どうも、会うの をさけてる節がある。  やっぱり、気まずいんやろなぁ。私は別に二人がつきおうてても気に してへんのに・・・。  心の中に暗雲を漂わせたまま、駅前まで歩いて来た。  ・・・藤田君、今頃何してるんやろ。  怒ってるかな、私のこと。  ・・・ごめんなぁ、でも私は神岸さんの事が頭から離れへんのよ・・・  そんな状態で・・・藤田君と一緒におられへんよ・・・  とぼとぼと・・・・そんな事を考えるとふいに信じられないものが見えた。 「・・・・ウソ」  め、目の錯覚や。幻や。そんなはず・・・・ 「たくっ、探す手間が省けたぜ、まさかこんな所で会えるなんてなっ」  幻が喋った・・・・ 「ふ、藤田君?」 「そうだよ」 「なんで?! なんでこんな所におんの?」 「もちろん、追いかけて来たにきまってんだろっ」  そ、そんな・・・だって・・・・ 「か、神岸さんはっ? 神岸さんはどうしたん?」 「あかりの事は関係ない」 「関係ない事ない。神岸さんはずっと藤田君の事・・・それに引き替え私は・・・」 「そのあかりにハッパをかけられたよ」 「・・・・・え?」 「何やってんだろうな、オレ。もっと早くにはっきりと言っとけばこん なややこしい事にならずにすんだかも知れないのにな」  グイッ 「きゃっ」  いきなり腕を捕まれ引っ張られた。  勢い余って私は藤田君の胸に顔からつっこんだ。  ・・・・痛い 「なにすんねやっ」  鼻を押さえてにらみつけると、彼は笑顔で 「そうそう、その方がらしいぜ」  そして、耳元でそっと囁いた。 「もう、離さねぇぜ」  瞬間、顔が熱くなった。  照れ隠しに空を仰ぐ。  相変わらずの澄んだ空。  ・・・・今の私の心と同じく・・・・ END

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