公的データ | - 1983年にパソコンゲーム業界に殴りこみをかけたエニックスがその前年1982年に開催した、賞金付きのゲームプログラムコンテスト。在野の有能なプログラマーの発掘が開催目的らしく、大賞は思考ルーチンの達人と言われていた森田和郎氏が「森田のバトルフィールド」で獲得。準優勝には「ドアドア」で当時高校生だった中村光一氏が選ばれた。当時フリーライターだった堀井雄二も「ラブマッチテニス」で入賞を果たす。入賞作品がそのまま店頭に並ぶというのもコンテストの魅力だった。エニックスは以後もコンテストを重ね、プロデュースによりゲームを発表していくという手法で、パソコンゲーム界からファミコンゲーム界へと進出していった。
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