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クウガ最終回に思う事

終わりましたねえ・・・あのキューバの青い空。あの為の1年だったのね。 もう雄介が拳を作る必要もない。
ねっころがって拳を作ってそれを反対の手で包みこむ。あの動作、はじめのころもやってたけどあの時はつらそうだった。でも今は青空の下で。ちょっと感動したのよ。あのシーン。ああ、よかった。

・・・と、いい事はここまで。 言いたい事はわかるしその製作意図も感動もすごく心にじんときたんだけどね!だけどねなのよ!
以下、オタクがたわごとぬかしてます。けっこう毒吐いてます。ここであえて言っとくけど、嫌いな訳じゃないのよ。最終話、肯定派なのよ。基本的には。そこんとこは押さえておいて。


・・・なんというか、3話もかける話か?っていうね。
「強魔」の回あたりまではストーリー構成とかおもしろかったんだけどねえ。グロンギの謎をアレだけ振っといて綺麗さっぱり忘れてるあたりたためない風呂敷をひろげんなよ・・・子供だましにしても質が悪すぎる。ちゃんと子供番組を真剣にきちんとまっとうに作ってから、「大人の鑑賞にも堪えるリアル路線」とやらには手をつけるべきじゃないの?
私は子供番組の方が難しい仕事だと思うけどね。

「強魔」のあたりから映像のセンスが悪くなったきがするんですけど。雪のなかでの噂の二人、カメラワークが最悪にヘタクソなんですけど。べったり顔アップばっかりで映像的につまんない。アレで1回雪のなかの二人を遠くからとってくれただけでもおもしろかったのに。
VSダグバのショットもヘタクソと言うのも愚か。人間体をインサートするのは演出としておもしろいけど、あんなにながまわしの殺陣にする必然性があるの?むしろ怪人どうしの超絶バトルのなかにパパっとはいる方がカッコいいしインパクトあると思うんだけど。

どうしちゃったの?なんかあったの?アギトにスタッフひきぬかれた?

最終話3話だけでなくて「強魔」の回からずっとシリーズ構成が変だよ。だるい話はあるし年末なのにここで盛り上げなくてどうする!って所でおまけっぽい話ははいるし。しかもそのおまけがおもしろくねえ(大きな声ではいわないけど「現実」の回だ!)ここは「強魔」から長野に行ってガドル兄さんの話に直結してそのまま最終局面で3話ぐらいで終わっちゃってよかったんじゃない?
浮いた話数で思いっきりエンタテイメントに徹したジャーザ姉さんとのバトルを!バベルくんのバトルを!超希望! なんつーかこー・・・言いたい事はわかるけど(大人だから)見せ方が下手。


まず「決意」
これがねものすごく傷ついてます。私。思いのほか。

ヒーローはね、時としてみんなを守りたいが故に自分の事を軽く考えすぎる時があって。でもそれってヒーローの事を大事にしてる人に対してものすごい失礼じゃないかって思うのさ。もちろん闘ってる訳だから命のひとつふたつ賭けないといけない時もあるだろうし、死にたくなくても死ぬ時もあるでしょう。それは仕方ない。仕方ないっていうのはナニだけどこればっかりは戦えない人間にしてみればしょうがないのだ。
でもね、ヒーローは簡単に自分を捨てちゃうのよ!だからこそヒーローっていう言い方もできるけど、後ろで見てるだけのほうにしてみればたまらないよね。
(ただこのあたりのせめぎあいがまたドラマとして盛りあがるのも事実で・・・)

だからね。五代くんの「大丈夫!」は「みんなの笑顔を守るために闘う。みんなに笑顔でいてほしいから自分は絶対死なない」っていう意味だって私はとった。だからすごく嬉しかった。ちゃんと自分の価値を知ってる人の科白だって思って。まわりの人が大事なら同じぐらい自分の事も大事にされてるって事を知らなきゃだめさ。まわりに大事にされてる自分だから簡単に自分を捨てられないよね?

しかし!「決意」の回でなんか決意しちゃった五代くん・・・バカー!!!まわりに別れを告げるっていうのはね!ドラマ的に盛りあがるけど、ものすごい自分勝手で自分本位なコトしてるのよ!ああゆうカタチで挨拶に行くってのはもう自分が帰れない事を前提にしてるじゃない。元気を分けてもらいに行くんじゃなくて「俺がいなくても大丈夫」って確認にいってるじゃない。それって自分を過小評価し過ぎ!五代くんがいなくてもみんなが笑顔になんてなれないんだからね!そこんとこをわかってない五代くんなハズないのに!そんなのダメだ!

そこで私のなかの小学生がひどく傷つきました。
だって今まで幾多のヒーローを送り出して「必ず帰るから」って言われて帰ってこなかった。(いつもじゃないけどね)そのたびに傷ついてる私のなかの小学生。五代くんの「大丈夫」が1番嬉しかったのは私だって事に気がついちゃって。

「俺、クウガだから。大丈夫」っていったくせに・・・でも死ににいくのね。万が一帰れなかった時に「旅に行ったんだ」って思ってもらうための、さよならの練習。その為に1話30分使うか・・・

・・・やだなあ・・・こうゆうヒーロー番組にありがちな「自己犠牲」ってちょっとやなんだよね。私は。
ドラマチックに盛りあがるのはよくわかるし、お話としてアリだけど。でもこれってある意味最終兵器というか切り札で。このカードをきっちゃうとこのあとなにをやっても安っぽくなっちゃう気がして。使い方のものすごい難しいジョーカーじゃないかなあって思うの。


そして「空我」
思いのほかダグバちゃんとのバトルシーンがエンタテイメントとしてつまんなかったです。
戦うなら能力の全てを使ってくれよ!おもしろくねえよ!お互いに実力拮抗してるから最終的に拳の勝負になるならその過程もかけよ!ちゃんと!視聴者に頼るなよ・・・そうゆう所をさあ。 クウガのおもしろさって、特化されたそれぞれのフォームの能力とその弱点をくみ合わせて何とかして強い相手を倒すっていう戦術の楽しみってところじゃない。頭使って体使って。どーにかこーにかって。それがあんたあの始末かい・・・ダセー!
そして伝統のライトクロスカウンター。・・・実写でみたくなかったね。だって血のりが汚いんだもん・・・(^^;

「暴力は醜い」っていうことが書きたかったの?たしかに痛々しくて見ててつらいけど。笑いながら戦うダグバちゃん。でも今まで「何故闘うのが楽しいのか」とか「闘うことに存在意義を見出してるのか」とか、グロンギの側の論理が 置いてけぼりになったまま放り投げてあるのでここで感情移入できません。
雄介も頑張る気持ちは尊いし応援したいけど、「何故戦うのか」がまったく描きこまれていないのでやっぱり感情移入できない・・・。
それにそのテーマはもう1回やってるし、この最終局面で書くにはにつかわしくないんじゃないの? そうゆう所を乗り越えてこの場所にくるべきじゃないの?書きたいならもっと早くにカタつけとけ。そうゆうコトは。

それにダグバちゃんがあんまり強そうに見えないのもアルティになってまで戦う雄介に肩入れできない理由の一つ。
どうにもならないほどに強くて思いっきり追い詰められてるから、なりたくないけどアルティにならなきゃ!ってギリギリの切羽詰り感がフィルムから感じられない。切羽詰ってないならアルティになるのって、雄介がダグバちゃんと同じ土俵に上がってるだけにしか見えなくて怖いだけ。

「守るために戦う雄介」っていうのはいいコンセプトだと思う。ただ守るための闘いだと最終局面で戦う理由としてはちょっと弱い。攻めこめないからね。
たとえばグロンギが改心して「いままで人間を襲ってたのは急に目覚めて訳がわかんなかったから。今はもうわかるから襲いません」とかっていったら雄介、許しちゃうでしょう?闘わないでいいんだから。
(そうゆう話もそれはそれでおもしろいけど)
それじゃあヒーロー番組として成立しない。今まで殺された人達の立つ瀬がないから、闘いたくない雄介だけどいろんなモノを背負ってしまったから闘わなきゃならない。 ストーリーの構成上も基本的に守るための戦いの五代くんがお礼参りなんてできないんだよ!だってグロンギが襲ってこないと闘わない。闘う動機が五代くんの側にはないから、敵本拠地に乗り込むぜ!っていうカタチでの闘い方はできないんだよ。だからこその「みんなの笑顔を守りたい」って言うスタンスのはず!専守防衛。

しかしとうとう攻撃に出ちゃったね・・・ その1年かけて作り上げた世界観そのものを揺るがしかねないミスを、とうとう犯してしまったね・・・

いやーこのままじゃ「最終決戦で解決を」ってカタチが作れないからどうやってオチつけるのかな?って思ってたら、全くそこまで考えてないね。脚本。考えナシに絵的に盛り上がる方を選択したね。いいけどさ。別に。

いままでのヒーローは戦う理由がそれぞれなりにあった。たとえば親兄弟を殺された復讐だったり自分を改造された恨みだったり。はじめはそんな個人的な動機だったけど、闘ううちにいろんな人と係わって誰かの為に闘うようになる。自分の為誰かの為に決着をつけに、敵の本拠地に乗り込むわけで。
でも今回は初めから誰かの笑顔の為に闘ってるから。主人公の成長がないってのが最終話3本の盛りあがりに欠ける最大の理由じゃないか思うのだ。

あとはダグバちゃんのデザインかな・・・ははは・・・ダウンいっぱい。
白クウガっていうのはいいけど!コントラストはいいけど!よく考えてくれ!背景は白だ!!!

白地に金ラインっていうのはアニメならカッコいいだろうけどね。実写では色がないからただの白い人だ。しかも膨張色。私初めてみた時「・・・着膨れしたスキーヤー?」って思っちゃったよ!
デザインの造形そのものはけっこうこのみ。耳のイヤリングとかもおしゃれ。謎マントもずろずろでいいカンジ!
色がなー・・・色設計を失敗してるよなー。
白にしたいんならもっと着ぐるみの中身を削らなきゃ。思いっきりシェイプアップして関節のメリハリをつけないとカッコ悪いよ。
デザインはやっぱり好みが出るから私の思う所がカッコいいとは限らないけどね。でもあれ、カッコいい?そう思う人いるの?
アルティちゃんはけっこう好きよ。できればもっと有機的でぐろぐろな金ラインとかはいって、怪人っぽい方が好きだなあ。だからアルティメットゴオマちゃんとかすごい好き!!!惚れなおしたぜ!ゴオマちゃん!ってカンジ!
ついでに。好きなクウガはペガサスフォーム。ペガサスボウガンが大好きなのだ。
次が黒金クウガ。ちょろっとしか出なかったから能力とかがわかんないから2位に甘んじてるけどもっとおもしろい機能とか能力があれば1番かもしれない。


「雄介」
1年かけた話の後始末。壮大な蛇足。
・・・一言で終わっちゃった・・・(^^;

それじゃあんまりなんでもうちょっと。

ラストの方で桜子さんと一条さんが語らってるでしょう。そのなかで桜子さんが言う科白。
「今度は私達が頑張らなくちゃ。たぶんすごく大変な事だと思うけど。ココロの力で」
っていうのがね。なんかこの文脈だとグロンギ事件の原因がまるで人間たちのせいみたいに聞こえるんだけど。・・・つまりは雄介に負けないように!っていうことなんだろうけど。ここでなんでこんな反省めいたまとめの科白を桜子さんが言わなきゃならんのだ!っていうところで引っかかってるの。

グロンギがたとえば人間の悪の心から派生したのなら「悪の心に負けないようにひとりひとりが頑張ろう」みたいな反省は必要だし、いい事言うなあっておもうけど。今回のグロンギはいわば天災でしょう?「動物園からトラが逃げました」レベルの話じゃない。誰のせいでもないからこそやりきれないわけだけど。少なくとも反省はしないよな。この一件では。
桜子さんが言うべきは「五代くんはすごいよね。頑張ったよね」って事だけでいいんじゃないかと思うんだけど・・・?

むしろ反省すべきは治安維持活動を担う警察組織でしょう。刑事部屋で「今度は俺達が頑張るぜ!」っていってくれればいいものを、雄介に思いをはせてほのぼのして終わり。・・・いいのか?警察機構。まあたしかにグロンギの事件は特殊過ぎて日常の業務に反映できないけど。警察内部でもグロンギがらみの特例の嵐できっとあとで書類上の辻褄合わせるの大変だったと思うよ・・・
リアル路線ってのも難しいね。リアルでなければ警察の矛盾とかに気がつかないですんだのに。対グロンギの戦術や使用火器の事とかにも。


総論。「強魔」から後ろ、DVDでシリーズ構成を変えてディレクターズカット版を出してくれ。構成さえよければ、言いたい事や中身やテーマは間違いなく上モノなんだから完全無欠の名作になったのに。

私の評価は「10年に一度の規格外駄作」それは決して悪い意味ではなく。最上の誉め言葉として。

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