石見出雲遠征 その1

令和4年 9月23日〜25日



ヤマジノホトトギス(物不言城)




 Kさんから、今年もまた9月に城攻めをしようと提案があった。

「……」

 もう何度目だろう。これまで繰り返し繰り返しKさんには説明して来た筈だ。

 まず9月は残暑が厳しく、山には蚊や蜘蛛も多い。山ダニやスズメバチ、マムシ、イノシシ、そしてクマといった危険生物も多く跋扈している。そして何よりも、汗をかきつつ折角上った山の上が一面の藪で、写真を撮るどころか城域に入ることすらできなかったときの絶望感たるや。

 「そもそも9月は城攻めの時期ではない。それでも行くのであれば、十分に整備された城に絞って欲しい」と、かかってきた電話の中で、こちらの要望を伝えた。

 翌日、Kさんから再提案されたのが今回の石見出雲遠征のラインナップである。城郭放浪記による事前調査によれば、真山城と高麻城を除いては、いずれも公園化されているか、遊歩道が整備されているか、もしくは山頂付近まで車で寄せられる難易度の低い城ばかりである。

「これなら大丈夫か…」

 Kさんの提案を許諾し、9月23日からの三連休で遠征を行うことになった。

 参加者は東京からKさんとYさん、そして自分の計3名。Kさんは岡山、Yさんは広島でそれぞれ前泊することになったので、早朝の集合も可能となり、初日から時間的余裕も出てきた。天気予報では、連休中は大きな崩れも無い。そして難易度の低い目標群。今回は楽勝だなぁと、つい油断をしてしまった。

 しかし、実際に城に登って目の当たりにしたのは、衰弱しつつある地方の悲しい現実であった。






2022年9月23日

 7時15分に広島駅集合。三連休初日だったが、時間も早かったので駅前のロータリーにある駐車場に車を停めることが出来た。無事に2人と落合い、出発する。

 市内を抜けて西風トンネルを通り、西風新都ICから高速に入り、浜田道の瑞穂ICで出る。




1日目(国土地理院の地図を基に作成)




桜尾城


左:二重堀切を南東下から、右:同左


左:二重堀切の合流部、右:北西の堀切


左:井戸のある郭、右:井戸(石は積み直し)


左:主郭、右:北西下の郭



 瑞穂ICのすぐ近く。旧市木公民館前に車を停める。道路脇に立派な看板が建っており、山頂まで遊歩道が続いている。
 南西の二重堀切と井戸が見どころ。主郭は若干藪気味。






二ツ山城


左:西尾根の堀切を通る遊歩道、右:三重堀切その1


左:三重堀切その2と3、右:西の丸の西下の郭


左:西の丸、右:西の丸から南を望む


左:幅の広い堀切、右:その2つ東の郭


左:馬場、右:主郭



 出羽集落の北西にそびえる二ツ山にある。山頂近くまで車道がついている。車道は狭いものの、それ程きつくはない。駐車場に4台の車が停まっていて驚かされる。2台は城の整備に来ていた自治体関連の方のもの。もう2台は福祉施設の車。福祉施設のイベントで城山というのは珍しい。

 東西に2か所の郭。二ツ山の由来はここかと納得する。郭は広いものの、堀切や土塁等の防御物は多くない。






赤城


左:西に延びる尾根上の郭、右:主郭西下の堀切


左:主郭の北西側、右:主郭南東側


左:「赤」城の由来?、右:車道の状況



 川本の町から東に進むが、生活道であるのに狭く急カーブで傾斜が酷い。二ツ山城の林道の方が各段に増しだった。さらにそこから城山中腹の駐車場に向かう道に入るのだが、自信が無くなって、麓に車を停めて歩いて登る。結果的には、川本の町からここまで来る道よりも運転しやすいくらいだった。

 藪化が大分進んでおり、10年以上前に公園として整備されていたことがあった、というような状況。今年分の草刈りをしていないだけかもしれないが、鬱蒼とした雰囲気になっていた。主郭は平坦面が明確でない。山肌に赤土?のようなオレンジ色の土が見えていたが、これが「赤」城の由来なのかと推測してみる。







 川本の町で昼食。十割蕎麦の店で、天ぷらそば(1350円)と蕎麦餃子(500円)を注文。

 蕎麦はぶつぶつと切れていたのでザルだと食べ難く、割子蕎麦にしておけば良かった。しかし天ぷらは揚げたてで量も多く、特に稚鮎?の天ぷらが美味しかった。蕎麦餃子は皮が蕎麦粉で作られているのだが、小麦粉の皮と比べて重い。皮は普通に小麦粉で作り、餡に蕎麦米が入っているくらいで良いのではないか。

 それから、この店の特徴としてシングルタスクなのか、1人前づつしか出てこない。3人分が出されるまで30分以上かかってしまった。しかし天ぷらの量を考えると割安なので、時間に余裕がある時にはお勧めの店である。


 13時前に店を出る。丸山城へと向かうが、天気が怪しくなる。






丸山城


左:本丸東下の郭、右:同左から北東を望む(左奥が三瓶山)


左:かまどと水場の跡、右:三の曲輪と西の丸の間の虎口


左:手前が三の曲輪、奥が本丸、右:本丸から三の曲輪と西の丸を


左:本丸の門跡の石垣、右:同左


左:本丸の北側、右:同左の石垣


左:本丸、右:本丸南下の郭


左:本丸の西縁の土塁、右:同左西下の石垣


左:西の丸の虎口、右:西の丸


左:西の丸西下のの石垣、右:西の丸北縁の土塁



 県道32号線を温泉津方向へ進む。長めのトンネルを抜けたところで「丸山森林浴公園わんぱくの森」の案内板が出て来るので左折。案内に従うと、中腹にある駐車場まで行ける。

 駐車場から離れるごとに、だんだんと状態の悪くなる遊歩道の様子に嫌な予感はしていたのだが、山頂に着くと一面草に覆われていた。その昔は「キャンプもできる公園」だったのだろうけど、朽ちたかまどと水場の状況から、10年以上前に放棄された感じである。
 撤退も考えたが、腰上まで伸びた草をかき分けて、どうにか本丸までたどり着く。石垣があちこちに残っているのだけど、草や灌木に覆われて確認しづらくなっている。これが県指定史跡…。恐るべし島根県。公園化しても、山頂まで車道が上がっていないと整備できずに山に埋もれてしまうという良い例かもしれない。






物不言(福光)城


左:番所跡、右:その西にある井戸


左:西端の曲輪、右:二の丸から西を


左:二の丸、右:本丸




温泉津に入る直前の福光集落の南側にある。山頂までは登れるものの、山頂はクマザサに覆われつつある状態。

 いつ雨が降ってもおかしくない状態にまでなったものの、降らずに済む。






櫛島城


左:前回撤退した場所から櫛島城を望む、右:南東の入り江


左:ピット?、右:階段


左:登り口と看板、右:山頂は一面の草むら


左:鵜ノ丸城、右:同左



 11年ぶり、2回目。前回は満潮で島に渡れなかったので、今回は潮汐表を読み、干潮時になるように予定を組んだ。
 キャンプ客で賑わうキャンプ場を通り、前回引き返した橋を渡り、念願の櫛島に上陸。ピット跡らしきものを見つつ登り口へと向かうが、明確な道は無く岩場を歩く為、干潮の時でないと登り口まで近づくことも難しい。
 そしてようやくたどり着いた登り口は藪。どうにか遊歩道に取り付くも、竹藪に飲まれつつある。そして山頂に着いたものの、背丈ほどもある草に覆われていて、城域に入ることすらできなかった。世界遺産登録されて以降、全く何も整備されていないのでは?という状態。何のための看板なんだよ…と思うものの、わざわざ潮を読んでまで城に登りに来る観光客なんてゼロに等しいのかもしれない。

 ついでに鵜ノ丸城にも。こちらは3回目。相変わらず灯台周辺しか開けていない。





 以上で初日の予定を全て終了。宿の有る出雲市へと向かう。

 途中、翌日の朝食を購入すべくスーパーに立ち寄ったものの、衣料品売り場等が入っており、食品売り場が小さく、なかなか思うような朝食を見つけることが難しかった。


 18時頃にチェックイン。少し休んだ後、ホテル併設のファミレスのような場所で夕食。枝豆とか唐揚げとか、そうした簡単なつまみで酒を飲む。



 前日寝るのが遅かったこともあり、早めに就寝する。





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