機銃陣地・監視哨(サルババ)
広島師団史の「広島市及び周辺防空部隊配備要図」資料
[30]では対空監視所のマークが描かれており、また郷土地誌によると1945年7月にサルババ(この岬の先端)に高射砲陣地を築城したとあったので、行けるところまで行ってみたものの、たどり着くことができなかった。
広島市似島臨海少年自然の家によると、2006年当時たどり着けなかったサルババで、
監視所と弾薬庫を発見している。
三角点付近にある監視所としている遺構は、形状から機銃座かと思われる。上記の郷土地誌の「高射砲陣地」とは、これの事を指しているのではないだろうか。機銃座は2か所あるらしい。機銃座の近くにあるコンクリート製の水槽のようなものの用途はわからない。兵舎が建てられるような平坦地があれば天水桶かもしれないが、そうでない場合、待避所や弾薬庫といった用途も考えられるが、少し小さすぎるようにも思える。
すこし東の尾根の鞍部にある弾薬庫としている遺構は、構造を考慮すると、機銃座とは時期が異なる物のように思える。戦争末期の建造物は資材不足や人手不足からもっと粗雑であり、このように石のアーチで天井を作るといった悠長なことはとてもできない。一方で明治期の要塞建造物ほど丁寧には作られていない。恐らくは昭和16年前後の、比較的造作に時間をかけられた時期のものではないかと推測する。用途も弾薬庫ではなく、どこかにあるだろう防空監視哨の付属施設(防空壕?)とか、そういったものではないだろうか。